2022年1月10日月曜日

動物は全員ライトワーカー

特別養護老人ホーム「さくらの里山科」で昨年11月の終わり、看取(みと)り犬で知られる文福(ぶんぷく)が、また一人、入居者の方を看取りました。  逝去されたのは、寺澤倉人さん(ご家族の承諾を得て実名で掲載、90歳代男性)。文福が暮らす2-1ユニット(区画)の入居者でした。寺澤さんが「さくらの里山科」に入居したのは一昨年11月のこと。実は、奥様が先に入居しており、もう何年も暮らしていました。奥様が入居した際は、急ぐ必要があったため、空きがあった、ペットがいない普通のユニットに入居しました。おそらく、奥様は寺澤さんほどには犬が好きではなかったのだろうと思います。  寺澤さんは筋金入りの犬好きだったため、犬と一緒に暮らせるユニットを希望しました。そのため、夫婦でも別々のユニットで暮らすことになったのです。「さくらの里山科」では、異なるユニットに入居した夫婦は何組もいます。その場合でも、互いに部屋を訪れ、一緒に過ごすことができます。そうやって夫婦の時間を十分に持つことができていました。  寺澤さん夫婦の場合も、本来は一緒に過ごす時間がたくさん持てるはずでした。しかし、それは許されませんでした。コロナ禍のせいです。 元気だったころの寺澤さんと文福  寺澤さんが入居したのは、コロナ禍の真っただ中です。「さくらの里山科」でも、厳しい感染予防態勢を取っていました。そのため、入居者の方々のユニットを越えた交流を禁止していました。万が一、入居者が感染した場合、他のユニットに感染が拡大してしまうのを防ぐためです。  ユニットは居室10室と、リビング、キッチン、3か所のトイレ、風呂、脱衣室で構成されています。玄関もあって、完全に独立した空間になっており、いわば10LDKのマンションのような構造です。入居者は基本的にはユニットの中だけで生活できます。また、介護職員はユニットごとに配属されており、夜勤(1人で二つのユニットを担当)などを除けば、複数のユニットで勤務することはありません。ケアマネジャー、看護師、作業療法士、管理栄養士などホーム全体で勤務する少数の専門職以外は、ユニットをまたがって動く職員はいません。入居者の方がユニットから出なければ、複数ユニットに内部感染が拡大する可能性は低いと言えるのです。  そのため、この2年間、入居者の皆さまには申し訳ないのですが、ユニットからほとんど出ることのない生活を強いています。閉塞(へいそく)感のある生活は大変なストレスだということはよく分かっています。しかし、ホーム内での感染拡大を予防するためには仕方がなかったのです。  おそらく、ユニット型特別養護老人ホームの多くが、「さくらの里山科」と同じ対策を取っていることだろうと思います。正式な統計は見ていませんが、ユニット型特別養護老人ホームでのクラスター感染の件数は、ユニット型ではない従来型の特別養護老人ホームよりも少なかったのではないかと私は推測しています。 夫婦の再会、そして穏やかに旅立って…「看取り」独特の雰囲気 ベッドに上り、「看取り活動」をする文福  入居者の皆さんがユニットを越えて交流することを禁止してしまったため、寺澤さん夫婦は、せっかく同じホームに入居したのに、全く会うことができませんでした。犬好きの寺澤さんは、いつも文福たちをかわいがっていて、とても幸せそうでしたが、奥様に会えないことだけは残念に思っていたに違いありません。  寺澤さんは犬たちと触れ合いながら、しばらくは元気に過ごしていたのですが、徐々に体調が悪化していき、昨年の11月初めに入院しました。入院中に食べることも飲むこともできない状態になり、残念なことに、余命宣告を受けて、看取り介護のためにホームに戻ってきたのです。  文福は、いつもかわいがってくれた寺澤さんのことが大好きでした。退院してきた寺澤さんのベッドに飛び移り、大はしゃぎしていました。この時は、文福は無邪気に喜んでいるだけでした。  そして寺澤さんには、奥様とも再会していただくことができました。ホームに戻る時に合わせ、奥様を寺澤さんのユニットにお連れしたのです。余命いくばくもないと宣告されていたので、特例として奥様が他のユニットを訪れることを認めることにしたのです。寺澤さんが暮らすユニットのリーダーを務める坂田(仮名)と、奥様が暮らすユニットのリーダーを担当する高村(仮名)が、「何としてもご夫婦を会わせてあげたい」と強く主張していたからです。 娘さんが二人の手を取り、しっかりとつないだ  職員の押す車いすに乗った奥様が来ると、一緒にいた娘さんがお二人の手を取り、しっかりとつないでいました。奥様が「お父さん」と呼びかけると、ほとんど意識がない状態の寺澤さんの顔にほほ笑みがかすかに浮かんだようにも見えました。  「何も退院の慌ただしい時に奥様をお連れしなくても……、翌日でいいのではないか」とも思ったのですが、当日にお会いしていただくよう決断したことが、実は大変な幸運でした。  寺澤さんが退院した日の午後6時半ごろ、文福が「看取り活動」を始めたのです。ベッドに上り、慈しむように寄り添いました。寺澤さんがホームに帰ってきた際に見せた行動と同じなのですが、その雰囲気は全く異なっていました。私たちが何回も見てきた、間もなく逝去する入居者に寄り添う文福の「看取り活動」の時と、全く同じ雰囲気だったのです。文福の「看取り活動」を科学的に説明することはできませんが、その独特の雰囲気は、この日初めて文福に会った寺澤さんの家族にも、はっきりと分かるものでした。  残念ながら文福の「看取り活動」は今回も正しく、翌日未明に寺澤さんは家族に見守られながら逝去されました。  深夜のことでしたが、文福の「看取り活動」を見て準備をしていた坂田はすぐに駆け付けることができました。ご家族も心の準備をされていたようで、悲しまれていましたが落ち着いていました。  寺澤さんは、最期に奥様と会うことができ、大好きな文福とも触れ合えたことで、穏やかに旅立たれたと私たちは信じています。 若山三千彦(わかやま・みちひこ) 若山三千彦  社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長  1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取(み)とり犬(いぬ)・文福(ぶんぷく) 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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