2022年10月4日火曜日

田舎暮らし

田舎暮らしをスローライフと勘違いする人の悲劇 夢から醒めた後に本当の喜びが感じられる 2022/10/01 13:00 田村 余一 / 田村 ゆに 田舎暮らしには都会にない苦労もある(写真:Tony/PIXTA) コロナ禍でリモートワークが増え、昨今は空前の地方移住ブーム。地方移住や2地域居住に関心のある人の割合は、コロナ禍前の9.2%から12.9%まで上昇(「国土交通白書2021」より)。移住支援制度を用意する自治体も増えています。 しかし、田舎暮らしを「自然の中でゆったり暮らせるスローライフ」と勘違いし、憧れだけで移住してしまうのはとても危険。『都会を出て田舎で0円生活はじめました』の著者で、青森で自給自足の生活を送る田村余一さん・ゆにさん夫妻が、田舎暮らしのリアルを語ります。 充実した田舎暮らし。でも、現実は……? 僕、田村余一は、嫁さんと息子の3人家族。青森県の自然豊かな田舎で暮らしています。家は廃材を使ってセルフビルドした木造平屋。電気・ガス・水道は契約せず、家庭菜園で育てた野菜や敷地内で採ってきた山菜キノコが我が家のごちそう。お金にはほとんど頼らない、自給自足の生活です。 そんな僕にも、社会で働いていた時期が少しあります。スーツも着たし作業着も着ました。でも、どの仕事も心からやりたいとは思えなくて、ストレス発散のためにお酒を飲んだり衝動買いをしたりしては、金欠になってまたがむしゃらに働く……という悪循環。もともと環境問題に関心があったこともあり、「僕がいなかったら、この先食べるかもしれなかった鶏や豚や牛は助かるし、生活ゴミも減らせるかな…」なんて考えていた20代でした。 そこから紆余曲折を経て徐々に自給自足生活へ。最初は一人でしたが、嫁さんが来てくれ、息子が生まれ、今の田村家があります。 毎日「生きてるなぁ」と実感できる充実したこの暮らしを、かつての僕のように都会で心をすり減らしながら生きている人たちに選択肢のひとつとして提案したい。そんな想いで、田舎暮らしを体験できるワークショップや講座を開催したときもあったのですが、そこで参加者の方々が直面するのが「理想とのギャップ」。田舎暮らしに夢を抱いて参加してくれたものの、現実を知って「やっぱり無理そう!」となる人、実はすごく多いんです。 僕のワークショップに来てくれる人は、8〜9割が「田舎暮らしってなんとなく憧れる」「どんな感じか体験してみたい」という層。実際にどういう生活をするのかはよく知らない人がほとんどです。 僕たちの暮らしは、決して「スローライフ」とは言えません。畑を管理したり、掃除したり、太陽の位置に合わせてソーラーパネルの向きをちょこちょこ変えたり……とやること山積み。 映画などでは簡単そうに見える薪割りも、実際の斧は重いし、扱いを間違えると大怪我をするし、いきなりできるものではありません。便利家電があればボタンひとつで済むことも、ボタンの奥にある工程を自分たちの手で1つひとつ作業していくのが田舎暮らしです。 住む場所によってもいろんな苦労があります。僕たちが住んでいる地域には学校も病院もありますが、本当の山奥だと不便すぎて大変。となり近所に一般的な農家さんの畑があると、シーズン中は農薬が家の窓について取れない、なんてことも。当然ながら虫や動物もいっぱい出ます。 そう伝えると、みなさんの表情がだんだん曇ってきます。「そんなことまでやるの?」「大変そう」とザワザワ……。でも、夢を見ている人を夢から醒ますのも僕の役割。家も仕事も手放して移住してしまってから後悔するより、事前に現実を知って判断してもらったほうがいいので、包み隠さず説明しています。 メリットだってたくさんある! 大変な面ばかり紹介してしまいましたが、もちろんメリットもたくさんありますよ。田舎暮らしは自然を相手にすることが多いですが、人と接するときのように言葉を介する必要がない分、気を使ったり相手の言葉に傷ついたりすることがありません。 子育てのしやすさも抜群。いつもそばで成長を見守れるし、隣家とは距離があるので迷惑をかけないか心配する必要もなし。僕が作業しているときも、ひとりで蟻の行列を眺めたり、木と金槌と釘でトントン遊んだり、自然の中で飽きずに楽しんでくれるので助かります。 なにより、日々の大変なこと1つひとつを自分の手でクリアしていく、そのこと自体が「生きてるなぁ」という感覚と喜びをもたらしてくれています。 ただ、移住を決める前は、通えるだけ現地に通うことをおすすめします。家族で住むなら家族全員で。その地域の環境や人柄をリサーチして、デメリットもきちんと聞いて、できれば移住後もサポートしてくれる地元の人を見つけてください。田舎暮らしをしている人は、SNSで情報発信や仲間募集をしていることが多いので、そこからあたってみるのもいいですね。 田舎で暮らすための最低限の技術やノウハウも必要です。「この古民家いいな」と思って購入したら、床下がボロボロだったり、冬がものすごく寒かったり……ということはよくあります。自分で修繕できなければ業者さんにお願いすることになり、実際に暮らし始める前に貯金が飛んでいくケースも。 あとは、「田舎に行けばなんとかなる」という幻想も危険。都会ならではの息苦しさはないかもしれませんが、代わりに「自活力」や「自給力」を養わなければいけません。自分で情報を見つけたり、自分で対処したり、自分で人脈を築いたりする意気込みがないと厳しいです。たとえばコミュニケーション力を活かして地域の人と人をつないでビジネスをつくるなど、都会で培ったものを活かすつもりで来ることが大切です。 田舎暮らしに向いているなと思うのは、困難を克服する喜びを感じられる人。都会ではお金で解決できる日々の困難も、田舎では自分で解決しなければいけません。僕はもともと、難しいことや苦手なことから逃げないように生きてきました。以前やっていたデザインの仕事も「業者さんに頼むより自分でやっちゃおう」と独学で始めたのがきっかけだし、今やっている御用聞き屋の仕事も「誰もやらないなら僕がやろう」と始めたもの。 できなかったことができるようになったときの、「自分のOSが10.0から13.0にアップデートした」みたいな快感がたまらない! これに共感する人は、田舎暮らしの魅力を存分に味わえるタイプだと思います。 妻から見た田舎暮らしのリアル 私、田村ゆには、田村余一の妻として田舎で暮らし始めて6年目。札幌で生まれ育ち、高校卒業後は東京で暮らしていた都会っ子ですが、着物と出会ったことで価値観がガラッと変わり、日本古来の文化や自然に興味を抱くように。いつしか、自分の暮らしも自然に近いものへ変えていきたいと思うようになりました。 『都会を出て田舎で0円生活はじめました 』(サンクチュアリ出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします だから今の田舎暮らしは私の理想。「スローライフ」や「リゾート」のイメージとはまったく違い、常に手足を動かして作業しているような毎日。青森は冬が厳しいので、暖かい時期に野菜を作っておいたり、薪を用意しておいたり、年間で計画を立てて行動しないと命の危険も生じる暮らしです。でも、そういう生活がしたくて来たので、とても充実しています。 「ずっと同じような暮らしで飽きない?」と聞かれることもありますが、とんでもない! 住んでいる場所は同じですが、気候も周辺環境も育てる野菜も毎年変わります。子どもも日々成長します。その中でいろんなことに挑戦していく過程が楽しくてしかたないんです。夫が言っていた「困難を克服する喜びを感じられる人が向いている」というのは、まさにその通りだと思います。 実際にやってみないとわからないことが多いのが田舎暮らし。興味があるならお試しで暮らしてみるのもアリだと思います。理想の暮らしをしている人を見つけて、実際に話を聞いてみたり、生活を真似してみたりするのもおすすめ。移住後のイメージが湧くし、困ったときに助けてくれる存在になるかもしれません。 いきなり山奥に住むなどの無理はせず、ダメだったら都会に戻れる選択肢もきちんと残しながら、リアルな田舎暮らしをぜひ体感してみてほしいなと思います。

2022年9月28日水曜日

ノルウェー

素晴らしいな。負けるが勝ちとは、、こういうことなんじゃないかな。自分が我慢する負けでなく、全体の成長、社会の成長を、思う負けは、結局は勝ちなんだよな。日本も、山上さん事件を機に、ノルウェー方式を取り入れるきっかけとなるといいな。→ノルウェーの刑務所は世界一人道的 77人殺害犯も個室三つ、ゲーム…遺族の感情は? 9/28(水) 12:13 Yahoo!ニュース 1312 ノルウェーで2011年に起きた連続テロ事件の被害者セシリエ・ハルロブセンさん=2022年6月、中川竜児撮影 大きな事件が起きると、日本では容疑者や被告が反省しているかどうかにことさら重きが置かれるように思う。厳罰化を求める声も絶えない。では被告は判決を受けた後、刑務所でどんな生活をしているのだろうか。更生や反省とは何か。世界の刑務所をめぐり、考えた。 世界一人道的な処遇として知られる、ノルウェーの刑務所は明るく、受刑者は「自由」に見えた。驚くと同時に二つ引っかかった。犯罪被害者は受刑者への軽い量刑や人道的処遇をどう思うのかと、人道的処遇で人は反省するのか、だ。 治安が良いことで知られるノルウェーで、近年最も社会に衝撃を与えた事件の被害者に会った。 2011年、ノルウェー国籍のアンネシュ・ブレイビク受刑者(43)がオスロの政府庁舎前で爆弾を爆発させ8人が死亡。その後、約30キロ離れたウトヤ島で労働党青年部のキャンプに参加していた若者らを襲い、69人を殺害した。 ブレイビク受刑者は「欧州をイスラムから救うためだった」と供述し、無罪を主張。翌12年、最高刑の禁錮21年の判決を受けた。 ノルウェーには死刑も終身刑もない。量刑も日本などと比べると軽く、凶悪犯も原則、釈放されて社会へと戻っていく。 ただ、受刑者が刑期を終えてなお、社会への脅威とみなされたら収監を延長できる制度がある。ブレイビク受刑者には適用されるとの見方が大勢だ。 そうは言っても、77人を殺して21年とは。刑罰を見直すべきだという声はなかったのだろうか。 「もっと厳罰を、と言う人はいました。でも私は判決に満足しています」 セシリエ・ハルロブセンさん(27)は答えた。3発の銃弾を受けて右腕を失った。 キャンプに一緒に参加していた親友のアンドリーネさん(当時16)は銃殺された。腕は今も時折痛み、月1回カウンセリングを受けている。 「憎しみはもちろんありました」とハルロブセンさん。だが、自分のエネルギーを人を憎むことに使いたくない、という思いがあった。 移民排斥など過激な主張を社会に広げようとした犯行に対し、「厳罰という過激な処分で応えると、ノルウェー社会は彼の思うようになってしまう」という懸念もあったという。 「彼の狙いは私たちを変えることだった。私には二つの選択肢がありました。家に引きこもって泣いて過ごすか、強くなって人生を前に進めていくか」 ハルロブセンさんは傷口が見える服を着て法廷に立ち、ブレイビク受刑者と対峙(たいじ)し、銃撃の様子を証言した。 「勝ったのはあなたじゃないということを見せようと思ったのです」 法廷を振り返り、特異な事件だったからこそ、「法に従って判決を出すことが大切だと考えました」と語った。 事件で次女スィンナさん(当時18)を失ったリスベット・レイネランドさん(64)も「おそらく彼はずっと刑務所にいるでしょう。それがふさわしい刑だと思っています」と話した。 だが、感情は揺れた。「当初は憎しみしかなかった。彼を撃ちたいと思いました」。裁判所で5メートルほどの距離に座った時は、手にしていたスマホで襲いかかろうかとも考えた、と明かした。 それでも、死刑は望まないという。「いつの日か彼に、自分がやったことをきちんと理解して欲しいと思ったんです」とレイネランドさん。 憎しみは消えたのですか? 「法廷で彼が話すのを聞いていると、極端な思想の持ち主だと分かりました。奇妙に思われるかも知れませんが、だんだん彼への関心がなくなっていったのです」 やがて、ゆるすでも、拒絶するでもなく、起きたことを起きたこととして受け入れようと決めたという。罰については「もしスィンナが生きていたら、死刑を望まなかったでしょう。私たちと同じ考えだったと思います」と話した。 当のブレイビク受刑者は今のところ更生には遠いようだ。仮釈放を審理する法廷で、白人至上主義を訴え、ナチス式敬礼のパフォーマンスを見せた。 数年前は、刑務所内での処遇改善を求めて提訴。外部との通信制限などを「非人道的」と訴えたが、その過程で三つの個室が与えられ、テレビやゲーム機もそろっていることが明らかに。ノルウェーの刑務所は「人道的すぎる」と国際的な注目を浴びた。 しかし、ハルロブセンさんもレイネランドさんもブレイビク受刑者への処遇を「人道的すぎる」とは考えていないという。 憎しみや悲しみと論理をそんなにうまく切り分けられるものなのか問うと、ハルロブセンさんは笑った。 「私たちだって完璧じゃないです。拷問すべきだという人もいますから」 懲らしめではなく、再犯防止のためのアプローチこそ大切だと考えている。同じ犯罪が繰り返されると、同じように苦しむ人がうまれるからだ。「被害者は自分が経験した苦しみを他の誰にも経験して欲しくないんです」 ウトヤ島の生存者の1人、ミリアム・アイラングソイクさん(27)はこう語った。 「受刑者を非人道的に扱えば、結果はもっと悪くなる。この国が彼を人道的に扱っているのは喜ばしいこと。私だって、誰だって、罪を犯すかも知れない。でも、私たちを人道的に扱うということなんですから」 事件の被害者が、仮定とは言え、加害者の立場で刑務所を見るのか、と驚いた。 ノルウェーでは加害者支援も手厚いが、被害者支援も手厚い。それが「加害者だけ優遇されている」「被害者が置き去りにされている」といった声が出にくい要因の一つでもあるようだ。 犯罪被害者への補償金(現在の最大補償額は9000万円余り)支給などを担う専門の官庁がある。このテロ事件の被害者や遺族は事件から11年たった今も支援について無料で弁護士に相談でき、レイネランドさんが代表を務める被害者や遺族でつくる団体には、国が財政支援しているという。 一方、イタリアの矯正関係者は、処遇について複雑な心境を語った。開放的な政策を採り入れたボッラーテ刑務所の所長を務め、現在はトリノ刑務所長のコシマ・ブッコリエーロさんは「葛藤はある」と明かした。 今年1月、同刑務所の受刑者3人が大学でスポーツ学部の卒業資格を取ったという。 「大変喜ばしいが、被害者には、私たちは被害を受けたのに、あの人は刑務所内で大学卒業の資格までとっているのか、という気持ちはあるだろう」 その後、続けた。 「だが、私たちは物事をてんびんにかけなくてはならない」 受刑者にかかる経費はできるだけ少なく、いわば「自給自足」で暮らしていけるようにするのが役割だという。加害者が適切な教育を受け、技術を習得することで、再犯防止の可能性は高まる。 逆に受刑者の再教育が不十分であれば「こんな危険人物を釈放したのか」と、国への信頼感が失われる。「それは国家にとって大きな損失だ」と指摘した。 もう一つの疑問、人道的処遇で人は「反省」するのかについて、ハルデン刑務所のアーレ・フイダル所長(63)は「私たちの仕事は受刑者を更生させること。更生に反省が必要とは考えない」と明言した。 刑務官の役割を「モチベーター(やる気を引き出す人)」と説明するように、「やり直し」へ向かう受刑者を励まし、犯罪にたち返らず社会で生きていけることを最重要の使命とする。 反省を軽視しているのではない。「やり直し」には過去の自分を見つめ、決別する意思が必要だからだ。 そこにはおのずと「反省」のプロセスは含まれる。ハルデンには宗教者との対話や内省プログラムがあり、「反省」や「罪の意識」を深める受刑者もいるという。 ただ、受けるかどうかは受刑者の判断で、日々の作業や教育と同様、強制はしないという。 実際、ノルウェーの受刑者に尋ねると、「反省」の度合いは様々だった。「無罪だから反省なんて必要ない」と主張する者もいれば、「犯罪をしたのは自分が馬鹿だったから。でも相手も刃向かってきたんだ」と言う者も、「被害者全員に謝りたい。ゆるしてもらえないだろうけど」と沈痛な表情の者もいた。 その中で、ノルウェーのバルドレス刑務所の受刑者は、更生への具体的なイメージを持ちつつ、被害者への思いも語っている印象が強かった。バルドレスは、自分の犯したことや境遇について自由に語る「グループトーク」に力を入れている刑務所だ。 バルドレス刑務所のグループトークを視察した同志社大学心理学部の毛利真弓准教授(犯罪心理学)は「人の話に耳を傾け、対話することで、自分の言葉を獲得し、人との関わり方を学んでいくことができる」とグループトークの効果を説明する。 毛利准教授は、官民協働で運営されている日本のPFI刑務所、島根あさひ社会復帰促進センターの更生支援プログラム「治療共同体(セラピューイック・コミュニティー」にも関わった。 受刑者たちが生い立ちや家庭環境、犯した罪などを車座になって語り合うプログラムで、人間的に成長することで、再犯防止につなげることを目指す。受講者の再犯率(再入者率)は受講していない人に比べ、およそ半分になったとの追跡調査も発表している。 プログラムで、「反省」はどう位置づけられるのか。毛利准教授は「反省を強要することはありません。変わりたい、生き直したい、という人が自分で答えを見つけるのを手助けします」。 中には、「悪いことをした」と心の中で思っていても、開き直るような態度を示したり、何も感じていないふりをしたりする人もいるという。「対話の中では、相手を人として尊重し、『悪かった』『良かった』という評価はせず、『何が起きたのか、一緒に考えましょう』とアプローチします」(毛利氏)。 考え方や行動のどこに問題があったのか、犯罪にいたる経緯で自分が受けた被害やつらい体験を自身で言葉にすることで、「痛み」の意味を知り、やがて被害者の痛みや悲しみに共感できるようになるという。 そうしたプロセスを毛利准教授は「感情を耕す」と表現し、「犯罪を起こすのは、自分の痛みや感情を麻痺させていて、他者(被害者)に共感することができないからなのです」と話す。 思い出したのは、ノルウェーの受刑者たちの多くが、刑務所や刑務官への感謝を口にしていたことだ。それは自分という存在を認めてくれた「他者=社会」への感謝につながるものにみえた。犯罪の背景に他者への共感や思いやりの欠如があるならば、それを理解する一歩になるかも知れない、と感じた。 「刑務所にいる間に助けをもらった人は社会に感謝するようになる」 フイダル所長の言葉が心に残った。

2022年9月27日火曜日

吐き気

昨日夕方から今朝夜明け前まで4回吐き気。 一度目軽く気分わる、二度目強く気分わる、三度目吐きそうしかしはかず、4度目透明胃液みたいが、40秒間。ようやく何か?悪いもん出て今とこ吐き気なし。ほかに症状なし!ネットでは、コロナ、ストレス、熱中症とか、、ストレスで胃に来たことはないし、この夏綾部市で軽症熱中症は、頭痛と頭ぼ一。 コロナ菌かも?やが、半日で治ったし、検査してないからわからん。病院やら国は、陽性が出た場合にコロナ羅看てなるから。まあただ、身体がうまいこと、悪い菌?出せたのは、嬉しい。 自分は敏感やから、喘息発作により命やばかった入院直前なんかは、立ってると、いきなり、身体が勝手に 90歳のおばあちゃんでたまにおられるみたく、腰を大きく前かがみにして、顔だけ前方向けてソロソロ歩いたり用事したり、、こうしな命やばいと、勝手になったから、まあ今回も、からだに入ったなんやら菌とかを、からださんが吐いて取り除いてくれたとは思ったよ。ありがとう身体さん。

素晴らしい

体重100キロを超えるワニガメをはじめ、ワニや蛇、犬や猫など、600匹ほどの動物を飼育保護をしている岡山県の一般社団法人ワニガメ生態研究所。先月、いかつい見た目の荻野要所長がSNSで「前科は無いけど保護したねこが懐にいるときはある。」とつぶやいたところ、約19万いいねの反響が。動物の保護活動を始めて25年以上。テレビなどのメディアに専門家として多数出演してきた荻野所長だが、毎回スタッフに前科がないか重ね重ね確認されるとのこと。“最強のギャップ”を見せる彼に、動物保護に懸ける思いを聞いた。 ■100キロ超えの成長スピードに驚き… 捨てる人が続出したワニガメの保護活動を開始 ――ワニガメとの出会いについて教えて下さい。 【荻野所長】 幼稚園の頃からワニガメを図鑑で見ていて、人気怪獣のゴジラやガメラみたいで、格好良いと思っていたんです。すごく欲しいと思っていましたが、どうせ手に入らないと諦めていました。ですが28歳頃にホームセンターを訪れたところ、ワニガメが売られていたんです。びっくりしましたね。早速、購入しました。 ――飼われてみていかがでしたか? 【荻野所長】 育ててみると一気に体が大きくなっていき、このペースじゃ普通の人では飼えないだろうなと思いました。また、ワニガメの資料は片っ端から目を通して、その歴史や生態についてはとことん調べました。学者さんの意見を参考にする際には、その方の経歴などもきちんと調べ、正しい情報をお伝え頂ける方かどうか、そこまで徹底しました。僕にとって動物を飼うというのは、そういうことだと思うんです。 ――情報によれば、最大80センチメートル、体重は100キロを超えると。 【荻野所長】 すごく大きくなるんです(笑)。案の定、90年代から都会の野外でぽつぽつ見つかっており、捨てる人が続出。知らないで飼うとそうなるのかなと思いました。 ――それがワニガメの保護活動を始めたきっかけなのでしょうか。 【荻野所長】 もともと私は建設業をやっています。ですが厳しい人間関係の世界だったこともあり、「ほっこりしたい」という思いから、95年頃、ワニガメの保護活動をしようと思ったのが最初です。完全に見切り発車でした。ワニガメは、それまでは捨てても違法ではありませんでした。しかし00年に特定動物に指定されると、刑罰を恐れて、北海道から沖縄まで保護依頼してくる人が殺到し、今に至ります。 ■5000平米の敷地で600匹を保護、朝5時半起きで毎日20時間超え労働…「事故で骨折しても家に帰りました」 ――どれほどの依頼が来るのでしょうか。 【荻野所長】 年間60匹ほどでしょうか。震災後などは一気に30匹来たこともありました。ワニガメはアメリカの固有種であり、軍で管理を行うほどの動物です。飼育は大変ですが、もちろんどんなに大きくなっても、決して殺処分は行いません。 ――扱いの難しいワニガメを保護している人は珍しく、荻野さんはメディアにも多く出演されていましたよね。 【荻野所長】 おかげさまで注目して頂き、『天才!志村どうぶつ園』や、『月曜から夜ふかし』など、全局に取り上げてもらえました。今は忙しすぎてテレビ出演はすべてお断りしていますが…。 ――それほど大変なんですね。 【荻野所長】 現在は団地ほどある5000平米の敷地で、私1人で600匹ほどを世話しています。ワニガメは特定動物のため、他の人に手伝わせられないんです。そのうち犬や猫、蛇やワニの保護依頼も来るようになり、朝は5時半起き。それから犬の散歩、餌やり、ワニガメの水替え、猫の排泄の処理などをしていると、毎日午前3時頃までかかってしまうんです。平均睡眠は1.5時間。自分の時間も家族との時間もありませんし、息抜きの暇もありません…。 ――息抜きの暇も…! 失礼ですがSNSの反響にあった通り、見た目とのギャップがすごいです。 【荻野所長】 見た目からよく誤解は受けます(笑)。ですが実際は、酒・たばこ・ギャンブル、一切やったことなし。普通の方々がそこや趣味に充てられるお金を、すべて保護にまわしているだけです。旅行は絶対に行けませんし、病気もできませんね。 ■責任感というよりは“使命感”「見た目が怖いからって殺すのはあまりにも可哀相」 ――相当な責任感を持って取り組んでいるわけですね。 【荻野所長】 以前、交通事故に遭い、全治5ヵ月の骨折を負ったこともありましたが、痛み止めだけもらって入院せずに帰宅しました。責任感というよりは使命感。何よりも、それが前に出てくるのです。 ――確かに犬や猫を飼っていても、その間家を空けるためには知人や業者に預かってもらうなど様々な手間が必要ですが、ワニガメはさらに難しいのでしょうか。 【荻野所長】 犬や猫はまだコミュニケーションができるため、異常に気づきやすいんです。ところがワニガメなどの爬虫類は、異常を外に知らせる行いをすると自然界では生きていけません。結果、死ぬまでその異常を隠すような生態となっています。ゆえに、すきを見せると、すぐに死んでしまう…。とても入院していられる状況ではありませんでした。 ――保護費はどのように捻出しているのでしょうか。 【荻野所長】 基本的にはすべて建設業で稼いだお金です。これまでで2億円ほどかかっています。ですからそれもふくめて、自分の欲を全部絶たなければ、今の保護活動はできません。いわば金額的には、コンビニエンスストアをボランティアで運営しているのと同額ですから。…確かにワニガメは見た目が怖い。でも怖いからといって、それを人間の勝手で殺すのはあまりにも可哀相じゃないですか。私は600匹すべてに名前を付けて育てています。皆個性があって、全員可愛いですよ。 ――では、荻野所長にとってワニガメとは。 【荻野所長】 家族です。犬や猫を飼われている方が名前をつけて可愛がるのは普通ですが、爬虫類に名前を付ける人は少ないように思います。また、カミツキガメを殺して食べる動画がYouTubeやテレビで平気で撮影されていますが、私からしたら、それは犬や猫を食べているのと同じ感覚で、見ていて大変辛いですね。 ――今後の夢や展望などございますか? 【荻野所長】 自分の夢はワニガメの保護、殺処分ゼロですから、すでに叶っています。ですから、今後はいかにこの夢を持続させられるか。あとは、病気の猫が早く良くなってくれたら、犬がもうちょっと長生きしてくれたら、とか。あとは、世間の動物全般に対する思いやり。これが、もう少し増えてくれたら、と日々願っています。

2022年9月26日月曜日

フェアトレード

のチョコ、昔食べていたが、高すぎて、、最近プロテインバ一をよく食べる。昔のようにこだわるには金銭的無理が今はあるので。こういう、企業と農家の間に入って仕事する人には、感謝です→朝日新聞デジタル  世界の子ども(5~17歳)の10人に1人にあたる1億6千万人が大人のように働いていて、教育を受ける権利や健やかに成長する機会を奪われている。児童労働と呼ばれる問題で、チョコレートの原料となるカカオの栽培はその典型例だ。その背景には、根強い貧困問題がある。日本で使われるカカオの8割近くを生産する西アフリカのガーナで、農家の収入を増やそうと奮闘するカカオ専門商社「立花商店」(本社・大阪市)取締役の生田渉さんに聞いた。 ADVERTISEMENT  ――カカオ農家が貧しいのはどうしてですか。  カカオ豆がチョコレートになるまでには長い工程があります。関係する多くの人たちがそれぞれ取り分を取るなか、生産者の分はごくわずかなのです。1枚百円だとしたら、6円60銭しかありません。一方で小売業者は税金の支払いを含めて約44円、メーカーは約35円を得ています。 朝日地球会議2021への参加申し込みはこちらから 生田渉さんは、10月17~21日にオンラインで開催される朝日地球会議に登壇します。参加費は無料。事前登録が必要です。  農産物ですから天候に影響を受けます。加えて先物取引の対象となっているので、マネーゲームのしわ寄せも受けてしまう。農家にまったく関係のないところで、作物の価格が左右されるのです。不公正そのものです。  ――どうやって農家の収入を増やそうとしているのですか。  ガーナでは政府機関がカカオを一定の価格で買い上げているので、最低の所得は保障されています。ただ、その価格がとても安い。加えて収穫した後に発酵や乾燥といった手間のかかる作業があり、生産性も低いため、農家の暮らしは厳しい。付加価値があれば買い取り価格が上がるので、有機栽培の豆の販路を広げています。 朝日地球会議2021 ADVERTISEMENT  ドイツのベンチャー企業と協力して、国内で完成品のチョコレートも作り始めたところです。有機栽培によるフェアトレード商品(公正な取引だという認証を受けている商品)は通常のものより高くなりますが、欧州にはそういう商品こそを買いたいという消費者がたくさんいます。  ――農家の収入を増やして子どもが学校へ通いやすくすること以外に、児童労働の問題で取り組んでいることはありますか。  村人と協力して児童労働をなくす活動をしている日本の国際協力NGO、ACEの活動を手伝っています。産地を特定したカカオの買い付けが難しいなか、ACEが支援している村で栽培されたカカオを日本へ持ってきています。そうしたカカオを使う意味をわかってくれる会社や職人さんたちと、ACEをつなぐこともしてきました。  児童労働の問題は、現地では見えにくいのも事実です。首都から遠く離れた農村部に多いのですが、ただ行っただけではわかりません。村にしばらく滞在してようやく「あれ、あの子は学校へ行っていないのかな?」と見えてくるような問題なのです。それだけにACEの活動は貴重です。 ADVERTISEMENT  ――どうしてガーナでカカオを取り扱うようになったのですか。  最初に就職した大手商社でナッツを扱うなかで、たまたまガーナとの取引の話に行き当たったのが始まりです。カリフォルニアのアーモンド農家は裕福でした。アーモンドは農家の取り分が最も多く、大規模経営に成功しているからです。カカオ農家はまるで違います。「おかしいじゃないか」という思いが、今の仕事の原点になりました。  失敗や苦労を重ねるうちに、現地事情に通じるようになりました。ガーナの生産者の状況を改善するためには中小企業の方が動きやすいと考え、立花商店に移りました。社内では流通を通じて課題を解決する「社会的商社」の旗振り役をしています。転職の判断は間違っていませんでした。  ――「社会的商社」の役割とは何ですか。  単なる売り買いを繰り返すだけなら、「社会的商社」とはいえません。日本の取引先に生産国の問題を詳しく伝えたうえで、状況がよくなることにつながる取引を提案していきます。今はコロナで往来できませんが、産地と交流する機会も作っていきたいです。  ここ3年ぐらいで児童労働への関心が広がり、時代が変わったように感じています。SDGs(持続可能な開発目標)ができて、日本でも知られるようになったことが大きいと思います。  児童労働に関係していないか。農家は公平な取り分を得ているか。「顔の見えるカカオ」にこだわる消費者が増え、それに応えようと多くの企業の行動が変わっていくチャンスです。つなぎ役の私たちの出番も増えると思います。(聞き手 編集委員・北郷美由紀)

ありがとう

世界人口増加分の約半分がレイブなど望まない妊娠が原因だと。他にも多いのが、●子供を労働力にするため。こういう会社は尊敬できる。今すぐ無理でも、たくさん原料を扱う有名企業がこうして宣言することにより、社会は変わると思うし、コレ、子供がよくたべるやつでしょ、おこづかいで、買えそうな。子供が強制労働されてないカカオ豆のチョコを、お母さんたちは、与えたいだろうし、大変良いことね→1個30円のブラックサンダー、「児童労働なし」のカカオに切り替え 9/26(月) 10:30 Yahoo!ニュース 619 有楽製菓の人気チョコバー「ブラックサンダー」  1個30円ほどと安さが売りのチョコバー「ブラックサンダー」が、原料に使うカカオを児童労働に頼らず収穫されたものにすべて切り替えた。児童労働のないカカオだけで主力商品をつくるのは、国内の大手メーカーではまだ珍しい。  ブラックサンダーをつくる有楽製菓によると、15日の生産分からすべてのカカオが切り替わった。原料変更で数%のコスト高となるが、円安やウクライナ危機による原料高の影響よりも小さい。現時点で値上げの予定はないとしている。  有楽製菓は、2025年までに自社製品で使うカカオすべてを児童労働に頼らないものに変えることを目標に掲げている。杉田晶洋執行役員は「安いお菓子でも人権に配慮できるのはインパクトがあるのでは。消費者が児童労働問題などに興味を持つきっかけになればと思う」と話す。

2022年9月23日金曜日

病院選びの重要さ

広田レオナさん、何も考えなくてイイ。てか、何も考えられないよね、、わちきは肺がんは経験ないが、、くるしいの、 よくわかる。救急車で行った神戸中央市民病院は、 ÇT撮影して、過敏性肺炎診断で●ポカリみたいな点滴しときました〜血中酸素濃度90やった。救急車の隊員に●呼吸内科医が当直してる病院に行って下さい。と言ったから、救急隊がそれを探して運ばれたのに、呼吸器内科医師に連絡取れるのに、わたしから頼んでも取ってくれんで、苦しくても帰れと、やはり、公務員さん医師なんだなあと思ったよ。今すぐ他の病院行かな死ぬから今撮ったがぞう頂戴いうてもいやがる相手に、1、同じ日にÇT2回も大量放射線浴びてガンになりたくないから。2、転院時に、ÇT渡したらあかんいう法律も条例もないよね? で、相手は協議した上で、ようやくÇT渡すと。 紹介状渡す言うからいらん言うたが、渡された。 今の時間に呼吸器内科医が当直してる病院ほかにないですよ! とも言われた、平日にもっかい呼吸器内科来いと、一方的に予約も取られた。 今すぐなんらかの処置しな死ぬのわかっていたから、119で●今呼吸器内科当直医がいる病院教えて欲しい、言うと、ここに電話したら教えてくれるからと言われて電話すると、和田岬のなんちゃら病院と、神戸西市民病院がやっていて、、和田岬は、自分三菱電機に勤めてた時に、電機もやが、隣が三菱重工の工場で、自分のからだじゃ環境的に無理なので、神戸西市民病院に電話したら、●今日は救急当番日じゃないので、救急車で来られると診察出来ないから救急車で来ないでくれ、言われて、発作と発作の間に、タクシーでいった。ちょうど神戸中央市民病院前に、一台だけタクシーが。運転手さんに、●呼吸苦しくてマスクできひんから、後部座席まど開けて走ってもろていいですか?今検査して、コロナは陰性やったから。運転手さん、1月3連休初日と二日目またぐ寒い時間帯、ウン言うてくれて。 わたしにとっても、まど開けて走ってもらわな、救急車の中でなったのとおなじアナフィラキシーショックになるの、わかってるから、助かった〜 中央区の神戸中央市民病院から長田区の神戸西市民病院まで。到着後、ハァハァ言いながら椅子にたどり着き、、 先生●落ち着いて、ゆっくり呼吸して。●せんせ、それができるならやってる、中央市民病院で、さっき過敏症肺炎の診断された。コロナは陰性やった。と、一式渡した。 神戸西市民病院救急でも血中酸素濃度は90。聴診器と、中央市民病院からもろたÇTみて、●呼吸器内科の先生に連絡とりますが、喘息発作ですね。呼吸器内科の医師に連絡を取り、●吸入と点滴をします! やってる最中に呼吸器内科医師も来てくれて、呼吸器内科医師は 何も言ってこず、二人して、●なぜ?呼吸器内科医師がいた神戸中央市民病院が紹介状を書いたのか?不思議そうにしていた。 わたしは●今すぐ別の病院いかな死ぬから自分でさがして行く、紹介状なんか要らん!言うたんですけどね。 後でわかった事やが、神戸中央市民病院救急担当は、 わたしには●過敏性肺炎の診断と口で言うたが、肺にある白い影のÇTにより、紹介状には●喘息の疑い有り!!と、書いていたのよね。→ 広田レオナ、酸素濃度が80%台に逆戻り 肺がん手術後に近い数値に「振り出しに戻っちまったね」 6 コメント6件 9/22(木) 13:24配信 ねとらぼ 広田さんが投稿したパルスオキシメーターの数値(画像は広田レオナInstagramから)  俳優の広田レオナさんが9月22日にInstagramストーリーズを更新。広田さんは19日に持病のぜんそくの発作で救急搬送されており、酸素濃度が89%という心配な数値を示したことを報告しています。 【画像】肺がん手術後の広田さん  酸素濃度は一般的に96%から99%が理想の値で、95%を切ると注意する必要があるとされています。広田さんは2021年6月に肺がんの手術を受けており、酸素濃度は80%に。Instagramでは日々回復しつつある姿を見せ、2022年8月3日にはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)を発症したものの、9日には安静時の酸素濃度が93%から96%ほどで安定。一方で、15日には少し動くと91%まで下がってしまうと明かしていました。  その後、18日夜にぜんそくの発作が発生し、いつも使用している吸入タイプの気管支拡張剤を使用したものの「身体が衰弱していたためか副作用の動悸や震えや吐き気も」と普段とは違う体調不良に見舞われます。救急車で搬送され受け入れてくれる病院を探すために1時間以上待った末、ようやく病院に到着。そこで検査を受けると、肝機能障害になっていたことも判明し「お酒も飲まないのに痛み止めの薬を服用し過ぎかな…」と力なくコメントしていました。  そして22日には、89%を示すパルスオキシメーターの写真を投稿。「振り出しに戻っちまったね」「頑張るばい」と、肺がん手術直後に近い状態に戻ってしまったこを伝えています。