会の名称「全ての生命を尊ぶ」ことはいうまでもなく、 地球や地球に生きる鉱物や水蒸気や植物、動物、人間を 含む宇宙全てにおけるあらゆる魂たちと統合をし、あらゆる魂たちが 愛と自由の元活躍出来ることを目指します。
2025年9月8日月曜日
樋口季一郎
こちらもユダヤ人を救った人物、
まず、こちらの記事を。→
広島に原爆が投下された2日後の1945(昭和20)年8月8日、中立条約(41年4月調印)を結んでいたソ連が、日本に宣戦を布告した。日本は米英との和平交渉の仲介役をソ連に打診していたほどで、まったくの不意打ちに何の対応も取れなかった。ソ連の参戦は、同年2月に開かれた米英ソ首脳によるヤルタ会談で秘密決定されており、その見返りに南樺太と千島列島をソ連に帰属させることになっていた。
ソ連との国境地帯に配置された日本軍は、主力を南方戦線に引き抜かれ、戦力は著しく低下していた。これに対し、ソ連軍は対日戦に約150万人の兵力を動員、大量の戦車や航空戦力で日本軍を圧倒し、またたくまに日本の勢力圏だった満州国と朝鮮半島北部を制圧した。さらに、日本がポツダム宣言を受諾した後に千島列島に侵攻し、日本側の守備隊と激しい戦闘が繰り広げられた。
同年の9月初めまで続いた日ソ戦では、ソ連側推定で戦死者はソ連軍が約8200人だったのに対し、日本軍は約8万人に及んだ。停戦後に捕虜となった日本の軍人、軍属のうち57万人以上がシベリアや中央アジア、モンゴルなどの収容所に抑留され、強制労働を課された。厳しい飢えと寒さで、抑留者のうち死者は約5万5000人に達した。
、、、
では、検索動画→
海外の反応、あの日本人を助けろ、なぜか戦犯となった日本軍人が受けた7年前の恩返し
杉原千畝、イスラエルとパレスチナ
まず、イスラエルとパレスチナ問題を。その後にユダヤ人を救った杉原千畝の動画を。
アメリカ社会におけるユダヤ人に忖度し、アメリカは、イスラエルの支援を続けています→問題の発端は2000年以上前
2000年以上前、パレスチナにはユダヤ教を信じる人々(ユダヤ人)の王国がありました。しかし、王国はローマ帝国によって滅ぼされてしまいます。
ユダヤ人は、パレスチナを追い出され、世界各地へ移り住むことになりました。
紛争の大きなきっかけとなったイスラエル建国。
19世紀、パレスチナへ戻ろうと考えたユダヤ人たちにより、祖国復帰運動「シオニズム運動」が起こります。
パレスチナを統治していたイギリスが、ユダヤ人の国家建設を支持しました。これには、ユダヤ系の大財閥から資金援助を引き出そうという狙いがありました。
イギリスは一方でアラブ人にも独立国家をつくると約束しました。パレスチナを含むアラブ地域を支配していたオスマン帝国を切り崩すという目的があったのです。
さらに、イギリスはフランスと地域を山分けする密約も結んでいました。このイギリスの3つの約束は「三枚舌外交」と呼ばれました。結局、オスマン帝国の領土は英仏間で山分けされることになりました。
移住したユダヤ人と先住のパレスチナ人との間に衝突が続く中、1947年、国連決議がパレスチナ分割決議を採択。パレスチナの地が、ユダヤ人とアラブ人の2国に分けられ、翌年ユダヤ人がイスラエルの建国を宣言しました。
しかし、アラブ諸国が決議に反発しイスラエルに攻め込みます(第1次中東戦争)。
戦争は続き、1967年の第3次中東戦争を皮切りに、イスラエルは国際法で認められていない土地まで占領します。事実上「パレスチナ」と呼ばれていた土地のすべてを統治下にしていきました。
1993年、アメリカとノルウェーの仲介で、イスラエルとパレスチナの間にオスロ合意が交わされます。パレスチナに暫定自治区を設置し、イスラエル、パレスチナの双方がいずれ共存することを目指すことが狙いでした。
和平が期待されるも長くは続かず、現在も断続的に紛争が続いています。
ハマスの台頭。
パレスチナでは和平派の人物がリーダーになりますが、2006年の議会選挙でイスラムの組織「ハマス」に負けてしまいます。ハマスとは、ガザ地区を中心にパレスチナの解放を訴えている武装組織です。
選挙に勝ったハマスは、ガザ地区を独自に支配するようになりました。その後、現在まで何度も衝突が起こっています。
2023年10月7日、ハマスがイスラエルへ大規模な攻撃を行います。イスラエルは報復作戦を開始。混乱が続いています。
以上。
続いて、杉原千畝。
動画検索→
NHKスペシャル、どんな民族でも僕は助ける、杉原千畝
2025年9月7日日曜日
日本人と軍隊、過去と今
前記事の自衛隊イラク派遣判決→名古屋高裁は08年4月17日、航空自衛隊がイラクで行っている空輸活動の一部を「武力行使の放棄を定めた憲法9条1項に違反している」と断定した。 原告が求めた派遣差し止めなどの訴えは棄却したため、勝訴した国側は上告できず、判決は確定した。
、、、
次の動画のなかでドイツ人が言うように、●過去と向き合うことにより、今や未来と向き合えると思う。番組ゲストのドイツ女性がいうように、なぜ亡くなったのか明らかにすることが
大切だと。
なので、前記事の自衛隊死者が亡くなった理由をですね、
その他の理由とはなんなのか?
自殺の人は遺書があったのか?
遺書にはなんと書かれていたのか?
遺族の意向により、できる限り政府は発表すべきと。
事実を明らかにせずに政策も何もない。
イラク派遣は安倍の意向により小泉が引き継いだものと思われるが、動画での小泉の発言と周囲の笑いは、狂っているな。
自衛隊をやめた人のなかに、●政府に利用される、、。
意味の理由があったが、その通り。
では動画検索→報道1930スペシャル、日本人と軍隊、いま見つめる戦後80年
自衛隊海外派遣(米軍支援)
2015記事→自衛隊員が戦闘行為に巻き込まれるリスクが高まるとか、後方支援を行う場所が戦場になるとは考えていない」。安保法制(戦争法案)で、自衛隊が米軍等への後方支援、つまり兵員や武器弾薬等の補給を行えるようにすることについて、安倍政権が福島瑞穂参議院議員の質問主意書に対して、12日の閣議で決定した答弁だ。だが、こうした安倍政権の主張が紛争地で通じるのか。具体的な事例から考察してみよう。
○「現場で判断」する間もなく殺される
自衛隊が米軍等の後方支援を行っても、なお「リスクが高まらない」と安倍政権が主張する根拠は、「(現場の部隊長などが)人の殺傷や物の破壊行為が行われているか否かという明らかな事実により客観的に判断」し、「活動を一時休止、避難するなどして危険を回避する」からだという。しかし、「客観的な判断」する間もなく命を落とすことになりうるのが、紛争地の現実である。たとえば、陸自などが米軍の人員や物資を輸送する際、IEDの被害に遭う可能性が高い。IEDとは、手製の爆発物の総称で、イラクやアフガニスタンなどで、路肩にしかけられた爆発物が通りがかった米軍等の車両を吹き飛ばすことが多発したため、「路肩爆弾」とも訳される。実は、このIEDこそ、対テロ戦争における米軍にとっての最大の脅威だったのである。2001年から現在に至るまで、イラクとアフガニスタンで死亡した米軍関係者は6840人。そのうち、IEDによって殺された米軍関係者は2550人と、実に3分の1以上なのだ。また、イラク戦争では、ブラックウォーター社やKBRなどの民間軍事企業が、警備や輸送などを担うことが多かったが、2003年から2010年の間に468人の民間軍事企業関係者が死亡しており、その死因の中でも、IEDや輸送中の車列への攻撃が最も大きな割合を占めているのである。
○報じられなかった陸自イラク派遣の実態
本稿を読まれている方々には「陸上自衛隊のイラク派遣では犠牲者が出なかったではないか」と思う方もいるかも知れない。イラクに派遣された自衛官のうち在職中に死亡者は35人であり、うち自殺者16人、病死7人、事故または原因不明が12人。「原因不明」が気になるが、少なくとも、戦闘の中で次々と自衛官が殺されていく様な状況にならなかったのは、それなりの理由がある。端的に言えば、陸自はイラクでは、ほとんど活動していなかったからこそ、宿営地の中に引きこもっていたからこそ、戦死者が続出する状況にはならなかったのである。
「自衛隊が修復している」という学校に自衛隊の姿は無かった。
陸自がイラク南部サマワに派遣されていた当時、筆者は「自衛隊が修復している学校」に取材に行った。だが、現場にいるのは、イラク人労働者だけ。「自衛官たちはいないのか?」と聞くと、「1日10分くらい来ることもある」と労働者らは言う。要は、地元業者に工事を委託しているわけだ。しかも、現場の労働者らは「業者が悪いやつで、必要な建材が届かない。ネコババしているのだろう」と言う。筆者が「なぜ自衛隊にそれを言わないのか?」と聞くと「勿論伝えようとしているが、自衛隊の通訳が、ちゃんと伝えてくれない。貴方がなんとかしてくれないか?」と訴える。このまま工事を進めれば、学校の壁が倒壊し、子ども達が下敷きになる恐れがあった。筆者が自衛隊側に事情を伝えた後、建材は修復工事現場に届くようになったものの、危ないところだった。
同様に、「自衛隊が給水活動を行っている」という村々を取材した時も、自衛隊の評判は悪かった。給水活動も、業者に委託しており、その業者の管理がしっかりしていなかったからだ。村によって水が届いたり届かなかったりの差が大きく、業者によっては、自分の村を優先したり、水を他のところに売ったりしていたからである。だから、「自衛隊が給水活動をしている」はずの村で子ども達は泥水を飲み、病気になっていたのである。
「自衛隊が給水活動している」という村で子ども達が飲んでいた水
なぜ、この様な状況になっていたかと言えば、地元に雇用をつくるという目的もあったのだろうが、それだけなら500人余りもの自衛官がサマワに常駐する必要はない。要は、米国のメンツを保つために陸自を派遣したはいいが、下手に宿営地の外で活動していると襲撃される恐れがあるので、極力、外出を控えたというところだろう。実際、サマワには、米軍のイラクからの追放を主張し、米軍との戦闘も行っていたサドル派も支部を持ち、自衛隊の駐留にも反対していた。筆者はサマワのサドル派メンバーらにインタビューしたが、会見は非常にピリピリしたもので、自衛隊に対して敵意をあらわにしていた。
今後、紛争地で自衛隊が米軍の後方支援を行うとしたら、イラクへの陸自派遣の時のようなやり方は通じない。兵員や物資の輸送は常に行う必要があり、ずっと自衛隊が宿営地に引きこもっているわけにはいかないのだ。しかし、輸送のために頻繁に道路を陸自の車両が行き来するならば、上記したようにIEDや襲撃の脅威にさらされることになる。場合によっては自衛隊員が誘拐され、殺害された挙句、その映像がインターネット上で出回ることになるかもしれないのだ。
○論理破綻、詭弁だらけの茶番で、自衛隊を戦地に送るのか?
後方支援=兵員や武器弾薬の輸送が戦闘行為の一環であることを無視したり(関連記事)、国会質疑で「国連憲章に反する行為に対して、わが国が武力をもって協力することはない」と答弁したその直後に、米国の国連憲章違反の違法な戦争を擁護したり(関連記事)、参考人として国会で証言した憲法学者全員に「安保法制は違憲」だとダメ押しされたのに、憲法前文を持ち出して歪んだ解釈したり(関連記事)。そして今回の「後方支援でリスクが高まることはない」という答弁…。日本の安全保障のあり方については、必ずしも皆、同じ考えではなく、人それぞれの意見があることだろう。だが、安保法制をめぐる安倍政権の一連の主張はあまりに論理破綻が酷く、詭弁だらけで不誠実だ。このような茶番の果てに危険な紛争地に送られるとしたら、自衛官たちが気の毒すぎるだろう。
志葉玲
フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
真珠湾攻撃の兵士
あと一年半早く降伏をしていれば、こんなにたくさん死なずに済んだ、の言葉、そのとおりだと。
ですから、原爆を落とされた日本人は、戦争を回避し平和を
保つ世界にする義務を、負っているのです。あの戦争も必然だった。なぜならこれから世界平和を実現するのは日本人の力が必要だからだ。検索動画→真珠湾の記憶、吉岡政光さんインタビュー
2025年9月6日土曜日
無茶
この事件も、必然だったのでしょう、、が、、。
衝突寸前の写真(産経ニュース)見ましたが、あまりに危険すぎます。
ダンプの運転手は、左の際から出てきた女性が見えていなかったのかも?
発進の合図を別の警備員から受け、自身による警戒が薄かったというか、まさか飛び出して来るとは?
という感じではないでしょうか?
この場所での運動には参加はしていないですが、見たことは
ありました。
辺野古基地の運動同様平日毎日行われています。
毎日同じやり方のハズですが、、
この女性はそれを知らない人だったのか?
知っていれば自殺行為ですから。
自分が出るとダンプカーが止まる!
とおもったのかも?
もし止まっても一体それでどうなるのか?
それで工事がストップするはずもない。
しつこいと、警察を呼ばれて業務妨害でしょっぴかれるだけ。
辺野古基地の座り込みでも、普段はしないけど熱い気持ちで本土から来た人が、警察の●どきなさいどきなさい!。
に、いつまでも抵抗して、、それはたくさんの人がやるんですよ、その後に椅子ごと警察が抱えてどかせるのですが、、
そこまでは、普通なんですが、、その時に、警察になんかすると、、、しょっぴかれて行きます、女性でも。大人しく椅子ごと運ばれるのがルール。
この、●椅子ごと運ばれる。は、運動家たちの決まりだった
と、後で聞きました。わたしは知らなくて、、●どきなさい!
ではどきませんが、初めての日に、警察が来て私の足首を掴んだんですね!そこで●足首なんか掴まれるんやったら自分から
どくから。と、椅子をたたみ持って退く。
毎回それでやってました。
この足首つかみには、ゾッとした思い出がある。
高校のバスケの練習試合で、近所の高校の体育館で練習してた時、、そこの体育館には、床に近い位置に、小さな空気窓があったのだが、誰もいないのに、いきなり両足首を掴まれた。
小窓から外を見ても誰もいない、逃げたのだろう。
外のグラウンドにいた、その学校の男子生徒だと。
だから、、警察に椅子ごと二人がかりで運ばれるなんか、
イヤなんですよね。
でも本来はこれをやらないといけなかったらしいが、、
コロナからは、自由意志!となったらしい。ホッ!。
で、ゲートに並んだ椅子が無くなると次は、行進の時間。
反対の言葉を唱えながら。
行進終えると、ゲート前にズラリ並んだ警備員と向かいあわせに、ズラリと並んだ運動家たちがシュプレヒコ一ル。
わたしも大声で叫びましたよ、たぶん一番大きい声。
警備員と警備員の間からペットボトルを向こうに向け、、
投げてませんよ、降るんです。
向こうにいる防衛局の職員に向け、●防衛局は帰れ~! 言いながら。
心のなかでは、●クソ!警備員ら、なんでこんな仕事してんねん!。
と思うと、警備員の顔キワキワにペットボトル何度も振りましたが、警察には止められませんでしたね。
危険なことはせん!と、わかっていたのかも?
このシュプレヒコールのあとに、運動家はゲートの両脇に寄り、入ってくるダンプカーを迎え入れる?わけです。
わたしなんかは、
ダンプのうんちゃんに、バカデカイ声で、
●カエレ〜と、叫びまくる。
毎日一人の男性ウンチャンが、窓から私に怒り顔で叫び返して来た。
まあ、これがイベントの一連でした。
今思うと、よくあんなことやったなあ。 超本気で頑張ったなあ、喘息なのに、なんて偉い!と。。。
亡くなった警備員は、米軍側、米軍基地造成のため、防衛局が
雇った人ですね。
身の危険をかえりみす、女性を助けています。
とっさに動ける瞬間判断は素晴らしい。
この事件で一体、だれがどのように、学びに変えるのでしょうか?
この場所から土を辺野古基地に運び埋め立てをするわけです。
元隣人の弟も、以前この仕事をしていたのですが、、
土をトラックに積む作業中に突然意識を失い、別のトラックにあたり止まった。
誰も命に別状はなく、弟も意識を取り戻した。
怖さからしばらく弟は運転をやめていたそうですが、しばらく
して、また同じ仕事をすると言い出し、、
隣人たちが、●次同じ仕事したら、もう命ないと、ユタさんに
言われたでしょう。
と制止し、別の建設の仕事をしていると。
当時30歳くらい。
沖縄ではユタ半分医者半分という具合です。
ダンプカーの排気とか、
ひどいですので、心臓に来たのかも?
では、事故ではなく事件とされたこの記事を→
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に抗議していた70代女性を制止した警備員が昨年6月、ダンプカーに巻き込まれ死亡した事故で、沖縄県警が重過失致死容疑で女性を立件する方針を固めたことが8月31日、分かった。徐行するダンプカーの前に出るという行動に出た女性に重い過失があると判断したもようだ。県警は起訴を求める厳重処分の意見を付け、近く書類送検する方向で詰めの捜査を進めている。
【防犯カメラの映像】ダンプの前に飛び出した女性を警備員が必死に止めようとする。
事故は昨年6月28日、土砂搬出港の桟橋前の路上(名護市安和)で発生した。警備員の宇佐美芳和(よしかず)さん=当時(47)=と女性にダンプカーが衝突。宇佐美さんが死亡し、女性も大腿(だいたい)骨を折るなどの重傷を負った。
その後の調べで、現場付近の防犯カメラに事故当時の状況が残されていたことが判明。産経新聞が入手した映像には、宇佐美さんの後方から足早に近づいてきた女性がダンプカーの前に出て、制止しようとした宇佐美さんが女性とダンプカーの間に割って入る形となり、そのままひかれてしまう様子が写っていた。
県警は映像の解析を進めるとともに事故現場で実況見分を行い、事故の予見可能性や結果回避可能性なども慎重に検討。その結果、女性に重い過失があったと認め、刑事責任は避けられないと判断したとみられる。
県警は自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)容疑でダンプカーの男性運転手を、業務上過失致死傷容疑でダンプカーに発車の合図を送った交通誘導担当の男性警備員を書類送検する方向でも調整している。
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