2023年10月19日木曜日

認知症を楽しむ(転載)

94歳のアイドル 今のデイサービスでも同じでしょうが、私が勤めていた老人デイケアでも、認知症の人のお世話は大変でした。ちょっと目を離すと、ティッシュを食べる、鞄に痰を吐く、便器で手を洗う、紙おむつをちぎってバラまく、そして徘徊(はいかい)で一日中職員を引っ張りまわしたりします。職員が慌て、叫び、走りまわって後始末に追われても、当人はまったく知らん顔です。 それでも意外なユーモアがあったりして、職員を笑わしてくれるアイドルのような高齢者もいました。 歯が抜けて顔はシワだらけで、いつも口をもぐもぐ動かしているKさん(94歳・女性)は、デイケア一の人気者でした。 「いつもお世話になっております。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と、ていねいに頭を下げるかと思うと、「コレ、アンタ早よしなさい」と、急に職員を使用人扱いしたりします。 私も「こっちへ来なさい」と、きつい口調で呼ばれたことがありました。 「はい。来ましたよ。何ですか」と問うと、「わたしが来いと言うとるの」という返事。 「だから、ご用は何ですか」 「別に用はないの」 思わずズッコケると、またていねいな口調にもどり、「いつもお世話になっております。わがままばかり申しまして、わたしは悪い人間です」と、拝む仕草で頭を下げます。 あるとき、プログラムで朝食に何を食べたかを訊ねると、Kさんは、「今朝はネコを食べてきました」と答えて、職員たちを唖然とさせました。そんなシュールな回答も、Kさんの人気の理由です。 それでも実際の介護はたいへんです。Kさんの場合は、特に食事の介助が難関でした。嚥下(えんげ)機能が落ちているので、口に入れたものをなかなか飲み込みません。飲み込まないだけでなく、口の中でもぐもぐしてたっぷりの唾液と混じった食物を、ところ構わず吐き出します。職員がティッシュを広げて構えていると吐きません。ところが手をおろすと、待っていたように吐くのです。手をおろさず待っていると、顔を背けて別のところに吐きます。まわりに新聞紙を広げて、どこに吐いてもいいようにすると、今度は職員めがけて吐きました。性格が悪いとしか言いようがありませんが、それでもKさんには独特のキャラがあるので、人気は衰えませんでした。 ですから、送迎バスが到着したとき、Kさんの姿が見えると、職員たちは「きゃー、来てる」と悲鳴をあげながら喜んでいました。

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