2015年12月13日日曜日

亀岡市 のら猫/戦争・地球・人類

亀岡市の野良猫の件です


今年6月に兵庫県の「丹波並木道中央公園」で行った譲渡会に参加した方の情報で、ここの野良ねこのことを知りました

この方は、自分が自宅の庭先にて餌付けしたのら猫が子供を産み(5匹、うち一頭は生後間もなく死亡 原因は、母猫の飼育放棄とみられる)、えづけ主が、最初、亀岡市内のある場所にその子猫たちを捨てにいこうと思ったそうです

そこは野良猫がたくさんいて、そこなら生きていけるだろうと思ったようです
その場所がここです

が、そのえづけ主の知人に当会のことを聞いて電話がかかってきました

当会は、会のたちあげ当初は、そういう人やのら猫を保護した人、あるいは、のらの子猫を見つけたが、どうにかして欲しいという連絡があった際に、わたしが動いて助けて保護⇒里親さがしをしていましたが、(当初から神戸西警察の猫はすべて引き取っていました)

こういうことをやると、だれでもかれでもから

「猫をひきとってくれ」とか

「のら猫をみつけた どうしたらいいのか」

という電話がかかってくるようになりました

神戸市に住んでいたころ、加古川市あたりの個人の動物愛護家たちが、

「井上さんに頼んでみて」などというものだから、その関連の人からも保護依頼がありました


そういう依頼を受けてきて、思ったんです


わたしだけでは無理なので、当時はあずかりさんにもお願いしていましたが

わたしが助けて、そりゃ目の前の猫は助かる


だけど、その猫が生後間もない場合は、自分は寝ずにミルクをあげる

子猫は子犬に比べて非常に弱い

母乳を飲んだ日数が少ないほど、弱い

病院にも、どれだけかよったかしれない

命をつぶさないために


だけど、そういうことをやっていって思ったことは


依頼してくる人間とは・・・


猫の飼育を放棄するような飼い主がもってのほかの考えをしているのは最初からわかるんだけど、、

自分がえづけして不幸な猫を増やした人間も、ある程度身勝手なのもわかるんだけど、、

「のら猫をみつけた
なんとかしたいが自分では無理」

と言って、保護の依頼をしてくる人たちですね


こういう人たちも、実は


「猫が自分の目の前からいなくなれば、それでいい」

と、思っていることがわかってきたんですね

こういう人たちは、「助けたい」と思って保護依頼をしてきた人なので、こういう人は、わたしが

「命を助ける気持ちがあること」は、もちろん大前提で


わたしは引き取ってもちろん当たり前に生かす努力をしてきたのですが、、

そういう依頼主に対して、なにか、、ものすごく違和感を感じるようになってきました


わたしは他にも犬猫いっぱい世話してる

こんな少ない頭数なのに、なぜ自分でしないのか?


「おかしい」と思ってきました


たくさんの依頼をすべて受けられるわけがない




で、そこからわたしは、

「見つけた人が助ける世の中」にならねばならない

と、思い始めました


相談の電話があった際に、育て方や里親募集の際に気を付けることなど、、

自分の時間を割いてお話しました


須磨区の「車(くるま)」というところで、暑い時期に道路わきに棄てられていた子猫を見つけた人は、順調に育てて自力で子猫を里子に出されました

その方とのメールのやりとりをブログに書いたこともありました

フルタイムの仕事をお持ちの、まだ若い女性


ご自身が仕事の時間は動物病院にあずける
会社帰りには、病院に子猫を迎えに行き、家に連れて帰る

休みの日以外は、これを続けられました

この女性のされたことは

自分の子供を保育園に預ける母親と同様のことです


もちろん自分のこどもでないし、近い将来里子に出す猫

であります


だけど、これが当たり前の行動なんですよ


だけど、こんな人、日本にはめったにいないんです


今年夏に、譲渡会に参加希望いただいた方も、車の下にいる子猫を見つけて保護された
ご夫妻でした

この方も、ご自宅で保護し里子に出されました

この子猫も発見時は弱っていました


今年夏に、交通事故の子猫をみつけて、車で行き過ぎたが戻って助けて、看病をして里子に出された女性もおられました


こういうことは、やっぱりうれしい


大変なのは、みんな一緒なんですよ


大変なのわかってて、やるか

大変だからと言って、やる前から逃げるのか


それだけの違いなんだけど、ものすごく大きな違い

こういう違いが、その人その人の人生に、生き方に、全て反映されていきます



『本当はね

もっともっと昔から

行政機関が

犬猫のイノチを大切にするよう

住民に対する啓発・啓蒙を怠ることをしなければ、


助けないと殺される(殺処分や交通事故や虐待)ような犬猫が、

こんなに

増えることは

なかった』


わたしは行政機関からの引取りを開始するまでは

「そりゃ行政機関の責任は重いけど、行政だけを責めるものじゃないんじゃないか?」

て思っていたのですが、


実際行政機関から引き取って、行政機関の公務員たちと関わって


昔から

行政機関が

犬猫のイノチを大切にするよう

住民に対する啓発・啓蒙を怠る

ことをしなければ、


「助けないと殺される(殺処分や交通事故や虐待)ような犬猫」や

そういうことにつながる原因でもある

「犬猫をブリーダーやペットショップから物として購入する人間」が、

こんなに

増えることは

なかった



だって、行政機関の公務員は

「他人事(ひとごと)」だから


犬や猫が殺されようが(というより自分たちが犬や猫を殺そうが)
そんなこと、どうでもいいんですよ


だってその人たちは、犬や猫を平気で殺せてしまう人

だから、そりゃ、平気なわけです

市民国民がギャーギャーわめき殺処分に反対するから
「少しは殺さないようになってきただけ」です


わたしには考えられませんよ


「犬猫殺せてしまえる」ってことが・・・


犬猫平気で殺せてしまう人たちが、各自治体の担当者(直接殺す人だけを指して言っているのではありません、判断・指示する人も当然です)なんだから

警察だって、犬猫は落し物の財布なんかと一緒

いや、財布のほうが会計課じゃ、重要視されてしまってる、、、


「命よりも物を大事にする」のが日本の警察なんだから、、

警察は飼い主が現れなければ、各自治体の担当者が殺処分するのをわかってて

犬猫を助けようとしないんだから


そりゃ、こんな世の中になるよ


って、思います


司法にしたってそう

今年4月に千葉県の高校教員が猫を生き埋めにしたけれど、実刑はなし

教育委員会だって、3か月間の自宅謹慎だけの処分



物事は「連鎖」します


今年はじめに、後藤健二さんらが殺害されたという報道がありました

殺害されたとする映像が出るまでに、拘束された映像なども出ました

この報道が始まるまで結構長く続いたTV報道は


「高橋ジョージさん夫妻」の報道でした


が、この連日の報道が、後藤健二さんらが拘束されたとした発表のニュースに切り替わったのが

1月20日


後藤健二さんらの(オレンジ色の服を着た)映像が流され、
1月24日午後11時に殺害された湯川さんの写真を掲げる動画がインターネット上に流され、後藤とされる声で湯川さんを殺害したという声明が出されました

2月1日、後藤さんが殺害されたとする報道


1月24日朝、大阪府警の警察官が不倫相手の女性を殺害



後藤さんらが「殺害されたとする事実の真偽」は、わたしにはわかりませんが、あのオレンジ色の服を着た「殺される瀬戸際の映像」の報道が、警察官の事件に連鎖した向きはあるとわたしは思っています

その後も警察官が加害者となる事件は続き

そして今年9月にも、埼玉で警察官が殺人をしています



それから連鎖に関しては・・・猫の事件です

今年3月23日に千葉県船橋市の県立高校教員が、子猫5匹を生き埋め(のちに内1匹はすでに死んでいたとわかる)にした(学校で生徒に穴を掘らせて)事件がありました

そしてその事件から1か月も経たないうちに
同じ千葉県船橋市で

18歳の少女が18歳~20歳の4人グループに、生き埋めにされ殺害されるという事件がありました


この二つの「生き埋め事件」は、わたしはやはり連鎖という力が幾分働いていると思います
目には見えない「連鎖」という力が、、

それとこれらの事件もやはり、後藤さんらの事件からの連鎖にもなっている、、と、


今年はどんどん事件や公務員の不正、不祥事などが起こっています


事件や不正だけでなく、、戦争にも近づいている感じがしています


福知山の大気汚染から非難するために、空気のいい土地を探している途中に見つけたもの↓

第二次安倍内閣が創ったもの

「国家戦略特区」

この横断幕は、兵庫県養父市(やぶし)で見ました

わたしはこのことをまったく知らなかったので、これを見てギョッとしました



わたしはこの言葉から「戦争」を連想しました

安保法案が衆議院で可決された後だったので・・

ネットで調べて、、


26年5月には、大阪府・兵庫県・京都府の全域が、「関西圏国家戦略特別区域」に指定され、各事業者が産業の国際競争力の強化等に繋がる事業を実施」するよう方向付けされているのだとわかりました
それでか、、
神戸市西区の工業団地(数か所あるうちの一つ)に、ものすごい勢いで誘致&建築が進んでいる
約1年ぶりくらい?に通ってびっくり(9月の明石公園譲渡会の帰りに)
大気汚染がすごくなってる・・・
この件についてはまた書きますが、、

しかしこの
「国家戦略特区」というネーミング・・
わたしには、どうしても、、戦争を意識させられるネーミングです

経済効果を狙うという政策に、なんでこんな名前付けるのか??
「慣れ」を狙っているのではないか?
「戦争」のイメージに「耳慣れ」するように、、、
と、思ってしまいますが・・・

ものごとは、確実に「連鎖」します
残念ながら、政府や司法・立法・行政機関などの公務員が行う行動は
一般人への連鎖を誘ってしまっていると思います
だから事件・不正もですが、「詐欺」なんかも
増えているのだと思います

大多数の
国民の意志に反して「戦争する国」にされてしまう日本
現在「国ぐるみで各自治体が行う犬猫の殺処分」
こういうことをやってきたこの国は、戦争になれば
「国家総動員法」みたいなものをまた急きょつくってしまい
国民すべてが戦争に関連させられることになるかもしれないな・・
と思います

わたしは思う
「戦争」は「人殺し」
戦争で失うものはあっても、戦争で得るものなど、ひとつもない

だって戦争は「人殺し」だから
「自治体(国)が行う犬猫殺処分」が
「犬猫を殺せてしまう」のと同じで
「国がまた行うかもしれない戦争」が
「人を殺せてしまう」こと
だから

人を殺して生き続けられますか?
ということ

わたしなら、絶対に
生きられない
わたしなら
人殺すくらいなら
自分が死んだ方がいい

犬猫も全くおんなじ命
わたしなら
犬猫殺すくらいなら
自分が死んだ方がいい

犬猫殺して、、ごはんなんて、わたしはよう食べへん

亀岡の猫のことを書くつもりが、話がずれました
亀岡の猫についてはまた書きますが

戦争の被害について、わたしが知っていることをひとつ書きたいと思います
戦争の被害は、いろいろあります
「やったことは、かえってくる」ということも
もちろんあります

過去の戦争であった
『従軍慰安婦問題』
日本が他国で行ったこの問題とは別に関連する問題として
わたしの実家がある村で起こったこと

第二次世界大戦で日本が劣勢になっていたため、それと並行して行っていた日中戦争などにも
40歳くらいの男性も駆り出されていたころ

これは、実母から10年ほど前に聞いた話です

40歳くらいの息子が戦争に行って留守のあいだに、
息子の父である男(自分の嫁はすでに死亡)は、息子の嫁に手を出した
(手を出すという表現の意味、わかりますよね)
何度も、、
息子の嫁がそのたびに抵抗して叫んでいたから、その嫁の子供は何度もその場面を見ていた

息子の嫁を襲った舅(しゅうと)は、息子の嫁だけでは飽き足らず、近所の嫁も襲った
その近所も、同じ状態
襲った女性の夫が戦争に行っていた
襲われた女性の夫の父である男(しゅうと)は、息子の嫁を襲った男に対して怒り、
日本刀で背中を切った

切られた男は死んではいません
切った男がわざと致命傷を避けたのか、切られた方が逃げて助かったのか、、
それはわかりませんが、、、

戦争中なので、どちらも罪にならず、、

「戦争」とは、、表に出てこないこういったところにも被害というものを与えます

TVで野坂さんの言葉が放映されていた
「誰も食べ物を分けてくれない」と

今年夏に、長崎で原爆被害に遭った女性二人もTVで発言していました
二人とも
「戦災孤児」で、親戚に預けられていじめられた・・と

残念ながら、、
これが「日本の現状」
「多くの日本人の現状」
なんだ

だから、
日本人の精神というものが変わらない限り

動物にも人間にも
「真の平和」「真の幸」「真の喜び」
は、
訪れることはないのだ
と、わたしは思う

だからわたしは
この先戦争があって地球が生き延びたとしても
戦争なくして、地球が生き延びたとしても

自分が生あるかぎりは
自分のためには生きないんだ

これは当たり前のこと
なのです

全ての生命を尊ぶ会
武田弥生












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