そこまでひどくなくともテレビがつかない、電球を変えてほしいという依頼が頻繁に来て仕事にならないという例もあった。音の問題のように聴覚の老化、他の入居者との生活時間帯のずれなどによるトラブルもあるが、認知症が要因と思われる例が少なくないのである。
同調査は高齢者など住宅困窮者の民間賃貸住宅へ入居が進まない理由を探るために行われた。民間の賃貸住宅では、家賃を払う資力があり、自立して暮らせるとしても、高齢などを理由に入居を断られるケースが少なくない。そこで、その背景にある具体的な理由や問題は何かを探ろうというのが調査の趣旨である。
本来、高齢者など住宅困窮者が救いを求めるべきは公営住宅のはずだが、既存の公営住宅の大半は古いうえ、新築されることもほぼない。加えて年齢制限や、2人以上の保証人を求めるなど難しい要件が設定されていることもあり、住宅困窮者にとってはハードルが高い。
一方、民間賃貸住宅は空室が増えている。こうした中、国は住宅困窮者が民間賃貸住宅に住めるようにすることで問題の解決を図りたい考えで、2017年10月から住宅セーフティネット法(通称)が施行された。だが、同法普及の足がかりとして期待された住宅困窮者向け物件の登録制度はほぼ機能していない。そこで、民間側が「貸したくない理由」を探ろうと調査が行われたというわけだ。
孤独死より深刻かもしれない認知症
住宅困窮者全般を対象にすると広すぎるため、高齢者限定で調査を行ったわけだが、結果として孤独死で資産価値が損なわれる不安や、入居後に認知症になったことで起こるトラブルが多いことが判明。「建物の改修助成や家賃補助などを受けられるとしても、(しかも、それが利用できる自治体はあまり多くない)、このままでは高齢者の入居促進が進むとは思えません」と、不動産総合研究所・岡崎卓也氏は言う。
孤独死は死後の片付けなど大変ではあるが、片付けが終われば空室になり、その時点で問題はいったん終わる。一方、認知症は医師でも判断に迷うことがあり、管理会社や、建物所有者がその判断をすることはほぼ不可能だ。入居時には若くても、長く住み続けるうちに発症するというリスクもある。
しかも、認知症に起因すると思われるトラブルが起きたとしても、現状では打つ手がない。現在の賃貸借契約では認知症に関する記載はなく、それを理由に退去を求めることはできないからだ。
家賃滞納や迷惑行為など、このままでは暮らせないという状態に至ってようやく退居を求められるようになる。ただ、こうした場合でも身元保証人や身内がいないなどの理由から次の転居先がなく、退居させられないことも。よるべのない高齢者本人も心細いだろうが、だからといって火災などのリスクを放置し、周囲の居住者に我慢を強いるわけにもいかない。
そこで、まずは認知症そのものと、認知症を疑われる人たちを福祉につなげる道を知ろうというのが、冒頭の講座である。これまで不動産と福祉の業界間にはコミュニケーションがなく、互いを知らない。そこで講座を受けることで、社会福祉協議会や民生委員、地域包括支援センターなどといった福祉の窓口を知り、解決への方途を探ろうというのである。
受講した人からは、「ヘルパーの訪問を受けている入居者は、健康などに問題があるのではと不安を抱いていましたが、逆に福祉とつながっており、そのほうが何かあった場合も専門家が見守っているので安心だとわかった」「過去のトラブルのいくつかは認知症のせいだったのかもしれないと思いあたることが。今後、同じようなことがあったら違う対処を考えたい」などの声があり、好評だ。
特に地域包括支援センターが、具体的な相談から何を相談すればいいのかまで幅広く聞ける場所であると知ることで安心する人が多かった、と同講座の講師を勤める木村誠氏は言う。得体の知れない、変な人の行動の理由がなんとなくでもわかり、相談先がわかることで解決不能な問題が、解決可能に見えてくるのだろう。
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