全ての生命を尊ぶ会
会の名称「全ての生命を尊ぶ」ことはいうまでもなく、 地球や地球に生きる鉱物や水蒸気や植物、動物、人間を 含む宇宙全てにおけるあらゆる魂たちと統合をし、あらゆる魂たちが 愛と自由の元活躍出来ることを目指します。
2026年7月4日土曜日
日本共産党は朝鮮暴力党
→朝鮮進駐軍や、その関係者による組織的暴力活動の中心となった在日朝鮮人連盟も、半島の南北分裂により、在日本朝鮮人総連合会(略称、朝鮮総連)と在日本大韓民国民団(韓国民団)に、分裂しました。
ここには、日本共産党が深く関わっているのです。
日本共産党内には、「民族対策部」
という部署がありましたが、その構成員は、戦後の日本共産党再建資金を調達した「在日本朝鮮人連盟」(朝連)のメンバーで、日本の統治下での、現ソウルで結成された朝鮮共産党日本総局からつながり組織だったのです。
朝鮮動乱発生の昭和26(1951)
年に、平和革命を全面否定して、暴力革命を決定した日本共産党は「51年
綱領」を発表、民族対策部の指揮下にあ
っ
た在日朝鮮人統一民主戦線(民戦)が、武装闘争の一翼を担い、暴れまくって、大量の謙虚者を出すなど、大きな犠牲を払ってしまいました。
昭和27(1952)
年5月に発生した「血のメ一デ一」事件では、
当局が事態を警戒し、使用禁止
としていた皇居前広場に、2万人が突入、
うち五千人ほどが、在日朝鮮民族だったと言われていて、実際に逮捕された1232人中、130人が在日朝鮮人民族だったのです。
朝鮮動乱では、国内共産主義者数十万人を、裁判なしに殺していた韓国政府側は、日本のこうした状況を踏まえて、この年から、在日自国民の帰国を拒否するようになります。
更に韓国は、帰国事業を担っていた新潟日赤センター
の爆破を計画、新潟県警が工作員を発見し、ダイナマイトなどを差し押さえ、その複数工作員からの供述から、国家テロであることが判明、幸いに未遂に終わりました。(新潟日赤センター爆破未遂事件)。
こんなことをしていれば。在日韓国人に対する日本人の怒りや警戒心は当然でしょう。
日本共産党は昭和30(1955)年になって、ようやく暴力革命路線を見直しましたが、暴力革命に積極的に加わり、朝鮮労働党を支持した在日勢力を、持て余し、対立するようになります。
民戦はこの年に解散、その翌日に、朝鮮共産党の流れで結成されていた北朝鮮労働党による朝鮮民主主義人民共和国を支持、
さらに、日本の内政不干渉を掲げて、「在日本朝鮮総連合会」
(朝鮮総連)が
結成されたのです。
なぜ警察庁が日本共産党や朝鮮総連を
公安監視対象に指定し、今もその監視を継続しているかが、
ご理解いただけたでしょうか。
警察は、こうした歴史の経緯から
暴力によって目的を達成しようと
する
勢力を警戒しています。
平成28(2016)
年版の警察白書では、中国に1.5
ページ、北朝鮮と朝鮮総連、オウム真理教、日本共産党、中核、革マル、革労協の極左、行動右翼、保守系市民団体とこれに対抗するカウンターの動きに、それぞれ1ページを割いて、その動向を分析しています。
日本共産党はその後、革命方針の善悪ではなく、手段としての
失敗を認めて、「微笑(ほほえみ)
戦術
」
に 路線転換することを明確にし、半島勢力とたもとを分かつことになったのですが、
最近では、これまた半島勢力も混在する市民団体を仕立て上げ、個人のツイッターから、日当まで出していることが、ネットで暴かれています。
私がここまで書いて、なんの訴訟も起こされることなく
過ごしているなら、これが事実であることを、読者のみなさんにも
ご確認いただけるでしょう。
暴力革命政党である共産党も、かつて日本人を殺して駅前の土地を奪った在日朝鮮民族団体も、この暗黒史には、うかつに触れることができません。
うかつに触れると、さらなる暗黒史を、 別のネットユ一ザ一などに発掘されかねないので、どうしようもなくなり、「
へイトだ!」
という呪文で、ケムにまくしかないのです。
以上。
アレ、しばき隊に、一万円はろて「ヤジ」飛ばさせてるの、
日本共産党だと、言われてますよね?
ほんまちゃいますか?
なんせ、暴力賛成政党やから、そりゃ、それくらい、簡単にやりますわな。ニセ保守エセ保守の
自民党やのうて、
日本人を大切にという主張の、
本物保守の、日本第一党(在特会、桜井誠ら)、日本党(石浜哲信)、日本大和党(河合裕介)、日本保守党(百田尚樹)
、参政党(神谷宗幣)ら
演説の邪魔しに来るでしょ?
左翼はアレらが怖いんですよ。
特に、朝鮮共産党やら、中国、ロシアの影響もあり、
日本共産党は、日本を絶対に、日本人のための国には、
したくない!日本を乗っ取りたいから。
日本共産党と在日朝鮮軍団がなぜ自民党にシバキを送らないか?
自民党はニセ保守であり、自民党も日本を乗っ取る目的の
朝鮮人が主体の党であり、実は自民党は、右翼のフリをした左翼であると、わかっているから、自民党演説には、シバキを送らない、と。
あんなん、業務執行妨害でしょ??
大金払い出馬して選挙に通るため演説してるから、
立派な犯罪やと。。。
しかしアレですね、元刑事、坂東さんによる、警察デ一タにより
書かれた内容には、韓国による日本に対する「国家
テロ事件」がありましたが、、、アホ朝鮮人日本政府は、
それでも仲間祖国のテロ加害国家韓国に、日本人が汗水流して稼いだ金をどろぼうして、大金を献上する、、
さすが、正しいことと正しくないことの区別がわからない
「精神異常朝鮮人!」だな。
だから「朝鮮人は朝鮮帰れ!」言われて当たり前
日本の風紀を乱しまくる朝鮮人どもを、歓迎する
日本人がいたら、バカですね
。
戦後の日本人虐殺4千人以上、、その上数々の、集団朝鮮人により数々の殺害と暴力など犯罪行為。
こんなことをやった朝鮮人とその子孫との結婚を、反対されるのはしゃあないでしょう。朝鮮人の、朝鮮人による、朝鮮人のための、自業自得、因果応報、ブ一メランやからな。恨むなら、朝鮮人祖先を恨め!そして日本人には、土下座して、謝れ!!!
日本人が朝鮮人見たら「朝鮮」て言うのは、周囲に危険察知を促すため!だったんですよ、「気をつけろよ!」「何されるかわからんぞ」「殺されるぞ~」など、具体的に言葉に出さずに「朝鮮」とだけ言う日本人のおくゆかしさ、謙虚さ、遠慮深さ、、それをいいことに、コイツラ朝鮮は、暴れまくり!やりたい放題!!
→本来、戦争当事国の国民ではあるが、敗戦国民でも戦勝国民でもない第三のカテゴリーの国民 という意味であった「三国人」にマイナスイメージが付着したのは、彼らが下記のような事件を続発させたことに原因があります。これらの事件は、どう考えて も内海教授や梶村教授が言うような「精力的な活動」「解放人民として生きていくために不可避なこと」というレベルをはるかに超えており、外国人としての立 場を弁えない横暴な行為であると言わざるを得ません。彼らは事あるごとに「歴史認識の共有」なるものを主張しますが、こういう歴史的事実も共有すべきで しょう。
・生田警察署襲撃事件(1945年12月24日、1946年1月9日)
兵庫県生田警察署では、岡山市内で発生した七人組の拳銃強盗犯人を追って神戸に出張した岡 山県警察部の捜査員に協力した。その後1945年12月24日午後9時、「岡山の刑事を出せ!」と叫ぶ50人以上の朝鮮人の集団が署内に乱入して、拳銃・ 日本刀・匕首を突きつけて署員を軟禁状態に置き、署内を探し始めた。岡山県の捜査員たちは署からの脱出に成功したが、暴徒は電話線を切断し、外部の連絡を 絶たせた。急を聞いた
米国
進駐軍憲兵がジープで駆けつけたため、ようやく事態を収拾させることができた。
また翌年1月9日、生田署が三宮ガード下で賭博団を検挙すると、30~40名の朝鮮人たちが再度署内に乱入し、検挙者を奪還しようとしたが、生田署はこの暴徒を制圧し、進駐軍憲兵と協力して首謀者とみられる3名を検挙した。
・直江津駅リンチ殺人事件(1945年12月29日)
信越線黒井駅でヤミ米ブローカーの朝鮮人3名が列車の窓ガラスを割って乗り込もうとしたところ、ある日本人乗客に拒まれて乗り込むことができず、デッキに ぶらさがって直江津駅まで行った。彼らは直江津駅でその日本人乗客に対し、「乗降口から乗れないので、仕方なくガラスを壊して乗ろうとしたのになぜ妨害し た」と詰め寄ったが、日本人乗客が「窓から乗り込むという方法はない」と反駁したので、「朝鮮人に向かって生意気だ!ホームに降りろ!殺してやる!!」と 叫んで、その乗客をホームへ引きずり出して、パイプやスコップで滅多打ちにして殺害した。
朝鮮人3名はその後逮捕されたが、全員逃走してしまい、結局うやむやのうちに終わってしまった。なお余談ではあるが、この種の鉄道内の不法行為を防止するために、急遽設けられたのが「鉄道公安官」制度である。【このような事例は全国各地で続発しており、蔡焜燦氏や北斗星氏の証言が他のサイトで紹介されています。】
・首相官邸デモ事件(1946年12月20日)
宮城前広場(現在の皇居前広場)において、朝鮮人約2000名が生活権擁護人民大会を開催し、終了後首相官邸にデモ行進を行った。このときの一隊が官邸に 押し入ろうとしたので、これを阻止しようとした警官隊と衝突して大乱闘となり、警察官の拳銃2挺、実弾が奪われた。このため、武装警官358名、進駐軍憲 兵20名が応援出動して、拳銃を発射するなどして制圧し、首謀者15名を検挙して身柄は進駐軍憲兵隊に引き渡された。彼らは軍事裁判に付され、翌年3月8 日に国外追放処分になった。
・阪神教育事件(1948年4月23日~25日)
1948年1月、文部省は各都道府県知事に対し、朝鮮人学校に学校教育法を 適用するように通達を出した。大阪府ではこれを受けて、朝連の幹部や朝鮮人学校の校長を集めて話し合おうとしたが、朝鮮人側それに応じる気配を見せなかっ たので、3月15日に閉鎖勧告を行った。しかし、朝鮮人学校8校が引き続き授業を継続していたので、府教育部は4月15日限りで閉鎖すると厳命した。
1948年4月23日、これに反対するデモ隊約7000名が府庁前の大手前公園に集まって気勢を上げた。朝鮮人代表15名は大阪府庁内で副知事・学務課長 と交渉していたが、主張が容れられなかったので、朝連系の青年行動隊等数百名が府庁に乱入して、知事室や各階を占拠した。大阪市警察局と国家地方警察大阪 府本部は3000名の警官隊を動員して、朝鮮人を庁舎から強制排除した。
神戸では、翌24日に朝鮮人学校問題に関する協議会が兵庫県庁で開かれた。会議には兵庫県知事および副知事、神戸市長、神戸市警察局長、神戸地検検事正な ど14名が参加していた。そこに、青年行動隊数百名がなだれ込み、知事や市長に対して自分たちの要求を認めさせた。また、市警察局長や検事正に対しては、 検挙者の釈放と今回の行為を処罰しないことなどを文書で認めさせて解散した。
しかしその夜、米進駐軍神戸地区司令官は、協議会の参加者を神戸基地司令部に集めて、神戸地区に「非常事態宣言」を布告し、24日の文書を無効とし、デモ参加者を一斉検挙した。検挙者は1800名におよび、首謀者は軍事裁判に付され、一部は国外追放となった。
。枝川事件(1949年4月6~13日)
東京都江東区枝川町の朝鮮人集落において、刑事3名が窃盗犯人を逮捕し、連行しようとした時、犯人が逃走したので威嚇発砲をしたところ、集まってきた朝鮮 人約50人が刑事を取り囲み、暴行殴打し瀕死の重傷を負わせ拳銃2丁を奪った。その後の交渉で、警察は暴行者の引渡しを要求したが、朝鮮人側は刑事の処分 と暴行犯人引渡し拒否の要求をしたため、9日以降枝川町を封鎖し、13日に一斉検挙を行い被疑者9名を検挙した。
・第二神戸事件(1950年11月20~27日)
11月20日、約300名の朝鮮人が生活権擁護陳情のため、神戸市の長田区役所に押しかけ、区長と団体交渉に入ったが、排除にあたった警官隊と揉み合いになり、兵庫県朝鮮青年団体協議会議長を逮捕した。
24日には、長田警察署と長田区役所にデモ行進し、その際の衝突で26名の検挙者がでた。27日になると、旧朝連系約900名は、棍棒・白鉢巻の姿で西神戸朝鮮学校に 集合して不穏な形勢を示し、デモ行進に移ろうとしたので、これを阻止しようとした警官隊と衝突し、デモ隊の一部は長田区役所、長田税務署に殺到して窓ガラ ス等を破壊した。神戸市警察局は、占領目的阻害行為処罰令違反と騒擾罪容疑で188名を検挙した。【「第一神戸事件」は「阪神教育事件」を指す】
・王子事件(1951年3月7日)
1951年2月28日、警視庁は占領目的阻害行為処罰令違反容疑として東京都北区上十条にある東京都立朝鮮人中高等学校(現在の東京朝鮮中高級学校)を捜索し、多数の印刷物を押収した。3月7日、これに抗議する約1700人(うち朝鮮学校生徒1100校で「真相発表大会」を開催し気勢をあげ、付近の民家で現場写真を撮影していた捜査員に対して殴る蹴るの暴行を加えたため、他の警察官が助けようとしたが、投石その他で拳銃2丁を奪うなど実力で抵抗した。このとき8名が検挙された。
・半田・一宮事件(1951年12月3日~11日)
1951年12月3日、愛知県の半田税務署に密造酒取締の件で朝鮮人が押しかけ、署長以下 数名を監禁した。一方、一宮税務署管内でも密造酒取締に対して、約100名の朝鮮人が捜査の妨害をした。そのため、半田・一宮両市警及び国警愛知県本部は 12月8日に一斉強制捜査を行い、容疑者27名を検挙した。
12月11日、これに抗議する朝鮮人約150名が半田市役所に押しかけて、庁舎内に乱入し て警備の警察官ともみ合いになった。また名古屋市港区役所にも約70名が押しかけ、区長が乗っている乗用車を取り囲み、バックミラーや方向指示器を破壊し た。他にも一宮税務署、一宮市警、名古屋市役所及び千種、北、瑞穂、南の各区役所にも押しかけた。
・岡山事件(1952年4月24日~5月30日)
阪神教育事件の記念日である4月24日に、朝鮮人約200名が岡山市公安条例に違反する無 届デモを敢行し、岡山市役所に突入しようとしたので、岡山市警が制止しようとしたところ、旗ザオに見せかけた竹槍で警察官2名を刺し、「プロムアセトン (催涙ガス)」入り瓶を投げつけたり投石したので乱闘になり8名を検挙した。
5月1日のメーデーでは、労組による合法デモに入り込んで警察官を追いかけたり、岡山新聞 社の写真部員に投石したりした。11日に岡山市警は傷害容疑で英賀朝鮮人学校に乗り込んだが、校内の約300名の朝鮮人の妨害を受けたため、公務執行妨害 で8名を検挙した。その後、朝鮮人約500名は飾磨警察署を包囲して気勢をあげた。
・血のメーデー事件(1952年5月1日)
第32回メーデー大会に参加したデモ隊の一部は、日比谷公園前において「人民広場(引用者 注:皇居前広場のこと)に押しかけろ」を合図に同公園を通過し、警官隊の警戒線を突破して皇居前広場に殺到したため、警官隊と乱闘になった。乱闘中に、 3000~5000名の旧朝連系(在日朝鮮統一民主戦線・祖国防衛隊)を先頭とする数万のデモ隊がこれに合流したため、双方の乱闘が一段と激化し皇居前は 一大修羅場と化した。この事件で2名が死亡し、日本人1078名、朝鮮人131名が検挙された。
・万来町事件(1952年5月31日~6月5日)
山口県宇部市では、生活保護の適用をめぐって朝鮮人と対立していた。1952年5月31日 以来、連日のように宇部市福祉事務所に押しかけていた。6月3日には約400名が押しかけたので、宇部市警は全署員を非常招集し解散させたが、留守中の上 宇部派出所が襲撃され、投石で窓ガラスが割られた。
6月5日になると、宇部市万来町(現在の宇部市新町9丁目)にある「朝鮮人解放救援会山口 県本部」が「民主愛国青年同盟」の結成式を催すことになり、県内各地から朝鮮人たちが集まってきた。その中の中核自衛隊員70名が宇部興産窒素工場に乱入 し、阻止しようとした守衛に暴行を加えた。その後、民団員宅を襲って傷害を与え、解放救援会山口県本部事務所に引き揚げた。警察は犯人を逮捕するために解放救援会事務所を包囲し解散を呼びかけたが、彼らは投石をしたり、棒を振って警官隊に突入を図ったため、遂にガス弾を投入して鎮圧した。
゜吹田・枚方事件(1952年6月24日~25日)
6・25朝鮮戦争前 夜祭として、待兼山に参集した民戦系学生等約1100名は、山中に竹槍を用意し、二隊に分かれて伊丹駐留軍宿舎を襲撃したが、警備体制に圧倒されて目標を 変更し、一隊は吹田操車場に駐留軍貨車を物色したがこれも発見できなかったため、再び吹田駅に引き返す途中、警官隊と衝突し、拳銃2丁を奪い、さらに行進 中交番2ヶ所および日本国粋党の笹川良一宅を火炎瓶・竹槍で襲撃した。そこへたまたま出会わした駐留軍司令官クラーク准将の自動車に火炎瓶を投げ込み、顔 面に火傷を与えた。また吹田駅周辺においても、デモ隊が停車中の米原発大阪行の通勤電車に飛び乗ってそこから拳銃を発砲したり、火炎瓶・竹槍などをもって 抵抗したために、警察側も応戦し、両方に多数の負傷者を出した。
一方、朝鮮人を含む9人の遊撃隊は、枚方市の旧陸軍枚方工廠のポンプ室に侵入し、時限爆弾 を仕掛けて爆破させた。これに呼応して、翌日朝、同市の小松正義(旧陸軍枚方工廠払い下げの取りまとめ役)宅に火炎瓶を投げ入れて放火しようとした。逃走 途中に警官隊に発見され、激しく抵抗したため警官隊は発砲した。この事件での検挙者は113名であった。
・新宿駅事件(1952年6月25日)
国際平和デー閉会後、朝鮮人約3000名が新宿駅東口に到着し、駅玄関や駅前派出所に向 かって火炎瓶を投げ込んで、窓ガラスや電線等を焼失させた。そのため、警官隊約600名が催涙ガスを使ってデモ隊を押し返した。また、デモ隊の一部は新宿 駅7番線ホームに入って、そこにいたオーストラリア兵4名を取り囲み、殴打・暴行を加えた。
・大須事件(1952年7月7日)
大須球場で、ソ連・中国を訪問帰国した帆足計・宮越喜助両代議士の歓迎報告会終了後、日本共産党系 の名古屋大学生に煽動された旧朝連系を含む約1000人が無届デモを敢行した。岩井通りをデモ行進しながら、警官隊に硫酸瓶・火炎瓶を投げ、警察放送車、 民間乗用車を燃やしたり、交番詰所に火炎瓶を投げ込んだ。そのため、遂に警官隊側が発砲する騒乱事件となった。夜になっても、騒乱の現場から少し離れた鶴 舞公園で、駐留軍軍用車を焼いたり、名古屋東税務署に火炎瓶を投げ込んだ。その結果、デモ側は死亡1名、重軽傷者19名を出した。名古屋地方検察庁及び名 古屋市警察はこの事件を重視し、261名(その内朝連系145名)を検挙した。
朝鮮総連が、公安警察に監視されたり、公安調査庁の「調査対象団体」に指定されているのは、過去にこれだけの「実績」があったからです。
正しい「差別」は、行うべき
坂東さんの本に「憎むべきは、虚偽を混ぜ込んだ不当な差別
であり
、また出自や人種など、人間にはどうしようもない、天が決めたことに是非を決めつける不遜な社会的公的差別」
、、とあります。
この、「虚偽を混ぜ込んだ不当な差別」、、これを朝鮮人が日本でやり続けてきており、結果、日本人を朝鮮人より下に配置する差別を作りました。
また、
「出自や人種など、人間にはどうしようもない、天が決めたことに是非を決めつける不遜な社会的公的差別」
、、とあります。
この、出自や人種により、日本人は朝鮮人を嫌っているのではなく、朝鮮人が日本にすんでやりまくってきた殺人、強奪、強姦を始めとする悪徳行為により、日本人は朝鮮人と韓国が、大嫌い!なのですよ。
母親が言ってました。朝鮮人は
「朝鮮朝鮮言うな!朝鮮生まれて何が悪い!」
と言っていたと、よく言っていましたが、、
誰も悪い言うてないやん!朝鮮うまれがではなく、朝鮮産まれのおまえらの行いが、悪いんやん!
あとね、板東さんは、産まれは天が決めたとしていますが、
自分が決めてるんでね!
神様から、日本人の子供に産まれる許可が降りず、
朝鮮の子に産まれる選択を与えられた、、そんな奴らが、
日本人と、思想が合うわけがない。
坂東さんは、こうも書いています。
→大切なことは差別しないことではなく、①正しく差別し、評価分析をすること。②そしてその選択を明確にし、いい選択をすること
③そこから得た結果を、次の問題解決の参考に活かすこと。
、、坂東さんはこの「差別が大切である」について、「優良で安全なものを選ぶ権利」は、誰もが行使しているものであり、
例えていうなら、結婚だってそう!と。。
、、そりゃそうですよね、不良で危険な奴と結婚したい人は、あまりいませんが、わたしはそんな奴と、2度も結婚してしまいましたね。これはね、子供のころの親からネグレクトが関係してます、、、が、いやそれで良かった、私の場合は。
善良で安全な奴と結婚すれば、わたしら世代に多い、専業主婦もしくは短時間パートで、家と子供を守り、旦那はやさしく、
幸せ?で、なんの違和感も感じないまま旦那に守られ、完全に精神的自立を果たさぬまま、死んでゆく、、。トホホ。
こんなんがイヤやから、ネグレクト親のお腹に自分で選んではいっとんやん、魂は。
坂東さん、差別というものは、常日頃から、仕事や恋愛でも、
しているものだと。
→差別は、いいものを選ぶ時だけでなく、安全を確保するためにも行なわれます。
女性が、清潔感も金もなさそうな男を避けるのは、
不潔
や貧困、危険を避けるためです。いや、こういうところでも、「危険な男が好き!」っていう女性もいますよ。
それでもその価値観は、尊重されるのです。
命がけ
で新しい命を産んで育てる、腕力の弱い存在として、これらの判断は、
本能による当然の反応ですが、
その判断基準はまさに、弱者を排除した「差別」そのもの。
2026年7月3日金曜日
集団で襲うのが「毒朝鮮」の特徴
だから学校で、イジメグループ作り集団で、たった一人をいじめてるでしょ?ボス朝鮮と、それをとりまくカス朝鮮ら。
いじめられるのが、日本の子供。ま!通名という名の偽名で、
日本人のフリしとるアホ朝鮮軍団。
昔も今も、朝鮮人は何も変化なし。
だいぶ前の記事。
しかも日本が敗戦で弱ってるのにつけこみ、日本人をギッタギタに殺しまくる、朝鮮野郎!!朝鮮人は精神異常。
→ 日本人四千人以上を虐殺した「朝鮮進駐軍」!
民団も総連も日本人にとって「恩を仇
で返す」存在であることを忘れるな!
しつこく憲法違反が明確な外国人参政権を要求し続ける在日大韓民国民団(民団)、図々しくも朝鮮学校授業料無償化を要求する拉致の実行組織とされる在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)。この二つの組織はその前身が「日本朝鮮人連盟」といい、その前は「在日朝鮮人連盟中央総本部」、別名「朝鮮進駐軍」と自ら名乗っていました。
この朝鮮進駐軍が終戦直後に日本で一体何をしたのか?。日本人なら絶対に忘れてはならず、未来永劫、子々孫々語り継がねばなりません。調べれば調べるほ ど、頭に来ます。戦後教育ではこれらの蛮行は一切教えられておらず、在日の「我々は差別されてきた、金寄こせ!」というウソ八百に明確に反論できない日本 人があまりにも多すぎます。事実を知れば、「謝罪と賠償」を要求するのは在日韓国朝鮮人や韓国ではなくて日本であることは明白です。
保守系のブログでは、「戦後のどさくさ紛れに駅前の一等地を不法に奪って焼き肉屋とパチンコになっている」という記述はよく見かけますが、GHQの 甘い調査だけでも4000人以上の日本人が虐殺され、略奪、暴行、強姦、襲撃は数知れず、その罪がいまだに問われていないのです。和夫一家殺害事件しか り、李承晩ラインを一方的に引いて日本漁船328隻が拿捕され、日本人44人が殺傷され、3929人が抑留された事実も忘れてはいけません。
というわけで、つくる会「日韓併合は日本の誇り」から「戦後の混乱と三国人問題『朝鮮進駐軍』とは?」の部分と、「何故『三国人』が差別用語になったのか(左翼系在日朝鮮人騒乱史)」さ んから騒乱事件(多数収録されています、青色見出しをクリック)の抜粋をお届けします。動画もよく知られているヒット数の多いものです。ご存知の方は飛ば して下さい。皆さん、これをご覧になって「怒り」を新たにし、何としても謝罪決議と朝鮮高校授業料無償化阻止に向け抗議の行動に立ち上がって下さい。
●創生日本声明 「日韓併合100年」菅談話、断固阻止を!
■朝鮮学校への国庫補助を拙速に決めることに反対する家族会・救う会声明
●日本創新党 日韓併合100年周年における菅首相の謝罪声明に断固反対
GHQが当初は中途半端な対応したのを
良いことに朝鮮人は自ら武装して治外法権のごとく日本人
を虐殺、強奪、強姦をした事を私達は忘れてはいけません。
戦後の混乱と三国人問題・「朝鮮進駐軍」とは?
一九四五年八月一五日、日本はポツダム宣言を受諾し、降伏した。
当時、ポツダム宣言についてマスコミは「笑止」「黙殺」等と報じ本土決戦を示唆していたが、天皇の詔勅による突然の降伏を日本国民は従容として受け入れた。しかし、それに乗じて大混乱を引き起こしたのは、日本人とともに戦争を戦った筈の朝鮮人と一部の台湾人だった。
進駐軍も当初、朝鮮人と台湾人が日本の植民地下で虐げられていたという前提で、日本人側か戦勝国側かの法的地位を明確にしないまま、心情的に日本人とは区別して扱った。そのために彼らは戦勝国の人間として扱われるべきだと主張し、突然、日本人に対する不法行為が増えた。
特に酷かったのは、進駐軍に名を借りた「朝鮮進駐軍」と言われる朝鮮人三万人もの集団であった。彼らはピストルや日本刀等で武装し、武器を持てな かった無力な警察を襲い、敗戦に打ち拉がれた日本人を襲い、土地金品の略奪、銀行襲撃、殺人、強盗、暴行、強姦をほしいままにした。やがて東京から日本全 国に広がり、GHQの記録に残っているだけでも四千人以上の日本人が殺害されたのである。
極めつきは、一九四六年十二月二十日に起きた首相官邸襲撃事件である。一万人以上の朝鮮人が参加して首相官邸に突入したが、日本警察では手に負えず、アメリカ憲兵隊が出動して鎮圧した。一方、彼らの不法行為を許せないとしてヤクザ集団が立ち上がり、日本人の欝憤を晴らした事もあった。
「三国人」という呼称は戦後の朝鮮人・台湾人は日本人でも戦勝国人でもない第三の地位であると言う意味である。その後、連合国もようやく事態の深刻さに気づき、在日朝鮮人は日本の国内法に従うべきとして通達を出した。なお、朝鮮進駐軍総本部(在日朝鮮人連盟中央総本部)はのちの日本朝鮮人連盟。更にこれが在日本大韓民国民団と在日本朝鮮人総聯合会に分かれ、これが現在の民団と朝鮮総連となった。
我々日本人は、民団も朝鮮総連も戦後の混乱期に於いて既に日本人にとっては、恩を仇で返す存在であった事を思い出すべきである。(日韓併合は日本の誇り P52から引用)
中高生も知るべき「真実の歴史」②
→戦後の日本は、朝鮮出身であることから、日本国籍を離脱した朝鮮半島出身者の帰国事業を展開し、希望者を募集して帰国を
進めました。
しかしその背景には、「帰って欲しい裏事情」があったのです。
終戦直後から、在日朝鮮民族の一部が「戦勝国民」を名乗り、駅前の土地を占領するなどの、「暴力的組織活動」を展開したからです。
この時に中心的役割を果たした組織が「在日本朝鮮人連盟」
でした。
あまりにむちゃくちゃなことをやっていたので、当時ガサ入れした警察官が建物の周りを固めて、これに反対する朝鮮人勢力がなだれ込まないよう警戒している様子を撮影したものです。
(写真)
この戦後のどさくさに紛れ、在日朝鮮人の一部は「朝鮮進駐軍」などと名乗って暴力活動を展開し、彼らが奪った土地は今に至るまで、在日朝鮮民族の子孫に引き継がれパチンコ屋になったりしているのですが、これらの土地の強奪や、殺人を始めとする暴力行為があまりにひどく、敗戦で心が折れ、男も少ない日本の、ろくな装備も許されなかった警察だけでは、抑え込むことができないほどでした。
そこでGHQがこれを鎮圧し、「彼らは戦勝国民ではない。敗戦国民でもない第三国民である」
としたことから、当時の日本人はこれらの横暴を極めた彼らを 「三国人」と呼んだのです。
たまにこの三国人を、当日日本にいた、中国人、台湾人、朝鮮人の「3つの国の人を差別する言葉と勘違い」して、
「差別用語だ」という人がいますが、そういう無知は、指をさして、笑ってやって下さい。
なぜならば、この戦後のどさくさ紛れに、組織化した在日朝鮮人たちが殺害した日本人は、2千人を超えると言われており、
当然のことながらこの「三国人」という言葉は、憎悪と警戒心をもって使われることになったという、日本史に残すべき史実があるからです。
現在はこの「三国人」という言葉は、「差別用語」とされていますが、こうした戦後の歴史や、その言葉の生まれた意味さえ、
学校では教えません。
これらの情況は、この史実を誰もが知っていた頃に、故、高倉健さん主演で、「三代目襲名」という映画に描写されていますが、この暗黒史を消したい特定の方々の圧力により、しばらくのあいだビデオ化されず、つい最近になって、やっとDVD化されたという経緯があります。
以上。
戦後のどさくさ紛れに日本で朝鮮人が日本人を虐殺した数を、
2千人以上!と、書かれていますが、GHQによる甘い調査だけでも4千人以上虐殺されたそうです。
この虐殺をした連中が、現在の朝鮮総連と民団を主体にした、
極悪在日朝鮮人どもです。
日本に助けてもらってばかりのくせに、嘘の因縁ばかりつけて
日本から大金をドロボーし続けている韓国は、
在日朝鮮人どもが犯した大量日本人大虐殺と大量日本人の土地どろぼうの賠償金を、払えよ!!!大毒朝鮮が!!!
中高生も知るべき「真実の歴史」①
→武士の世から大政奉還を経て、明治維新という政権交代と文化文明的革命を経た日本は急速に国力をつけ、明治27(1894)年の下関条約により日本は、中国の属国扱いだった朝鮮を、清国から独立させ、おまけに経済援助しています。
これにより「大日本帝国」に並ぶ「大韓帝国」が成立し、高宗光武帝が大韓帝国の初代皇帝として即位、ここからすでに、植民地からの搾取で世界に拡大していた列強の西洋社会とは全く違う、和の世界が始まった!はずでした、、、。
本来朝鮮半島は世界で初めての、日本の兄弟国となるはずだったのです。
しかし、明治33(1904)年、凍らない港を極東に望むロシアは、なかなか国家としての体をなさない朝鮮半島への南下を狙い、日本との間に日露戦争が勃発。
日本帝国海軍東郷平八郎元帥(げんすい)がバルチック艦隊を破った「日本海海戦」は、教科書でもさらっと習っているでしょう。本当にさらっと、ね。
同時に陸上では乃木希典(のぎまれすけ)大将の指揮で旅順攻略戦を展開、特に「203高地」は有名ですが、日本はこのとき、場所の使用料を当時の清国に支払って戦うほど、律儀(りちぎ)に戦(いくさ)に臨んだのです。
日露戦争は日本が勝利を収め、この戦争を講話したポーツマス条約で、朝鮮半島における優越権などを獲得。
有色人種の小国が、白人の大国に勝利したことは、世界に衝撃を与え、大韓帝国内の親ロシア派も発言力を失い弱体化。
帝国内親日派は、また来るかもしれないロシアに怯えながら、どうにもならない国政や、親日化する世論の高まりを受けて、大韓帝国の、日本への併合を申し出たのです。
守りを固めて国力をつけねばならない日本の都合もあり、明治43(1910)年に大日本帝国が大韓帝国を併合。
日本は最後までこの「大日本帝国朝鮮地方」のインフラを整備し発展を目指し、同じく併合していた「大日本帝国台湾地方
」を合わせ多額の国家予算をつぎ込みました。
普通は植民地から搾取するのが当たり前の時代に、日本は、
国家予算の半分以上をこれらの国に割り当てて、生活インフラを整備し、学校を造り、
子供に学ばせて、防衛のための軍人を現地から募集し、幹部にまでしているのです。
つまり、当時の朝鮮も台湾も、教科書が教えるような「植民地」ではなく日本本国としての扱いであり、西欧列強がアジア各地に造った植民地とは全く違う統治を行っていますので、そもそも「植民地」という呼び方自体が間違っています。
東南アジアでは、現地人を支配する列強を追い出し、文明を伝えつつ、現地の文化伝承を促進し、武器を持たせて独立を促すなんて、、、とんでもない侵略国家??だったものです(笑
)。
その後の大東亜戦争はご存じの通りですが、莫大な予算を投じて発展させた、台湾地方はその後黒字に転じたものの、
朝鮮地方だけは最後の最後まで赤字のままでした。
さて、こうした時代のなかで。同じ日本人となった大日本帝国朝鮮地方のひとたちは、日本が巨額の予算を割いても、なかなか立ち行かない朝鮮よりも、本州に移り職を見つけることに憧れたのですが、日本側は、急激な変化は本土に混乱をもたらすことから、その行き来を制限していました。
当然ながら多数の密航者が来日し定着し、また労働力を必要とする企業の募集には、定員をはるかに超える人数が応募していたそうです。
さて、戦争が終わって全く時代が切り替わった私たち日本人は、かつて国土だった台湾や朝鮮の歴史的知識が途切れているのですが、戦争が終わっても、人類の歴史は戦いで続きます。
半島は敗戦直後に大日本帝国が撤退したのですが、
「大日本帝国」から切り離された「朝鮮」
という地方のままというわけにはいきません。
北緯38度以北をソ連軍に、それより南をアメリカに占領されたまま大韓民国臨時政府が樹立。
1948年.アメリカが占領する南側は、ソ連が北側を占領したままで大韓民国が誕生。
さらに北側抜きの単独政権により、李承晩を初代大統領に選出し、
国家元首が誕生しました。
一方、米ソによる分断のため、この大韓民国の実質的統治が及ばなかった北側に、リーダ一シップを発揮し地位を確立した、金日成が首相となり、朝鮮民主主義人民共和国が誕生。
日本が終戦した5年後には、朝鮮動乱が発生して、南北は今に至るまで戦争状態が続き、
現在も仲直りをせずに、停戦状態なのです。
以上。坂東忠信著「在日特権と犯罪」より抜粋。
この中の「日韓併合」について、李栄薫著「反日種族主義」
では、「朝鮮皇帝が朝鮮を日本へ売り渡して、皇帝自身は日本の皇室に統合された朝鮮出身の
王公族の身分として、贅沢三昧な暮らしをしたが、売国については
朝鮮国民には知らされておらず、朝鮮皇帝は国民にあがめられたまま」だと。
2026年7月2日木曜日
反日報道等で日本を中国化させるNHK
まず、19日のニュース→中国の富裕層の日本移住を支援していた会社役員の男(39)が警視庁に入管難民法違反の疑いで逮捕されたが、この男はNHKスペシャルの番組に出演していたとX上で指摘が相次いでいる。
指摘には、結果的にNHKは男の宣伝に手を貸していなかったか、チェック体制はどうなっていたのか、といった声が多い。NHKの広報局は、「放送後、この人物が逮捕されたことは遺憾」とする一方で、「取材方法に問題があったとは考えておりません」と説明した。
■会社役員について、移住した中国人富裕層を支援と紹介
報道によると、この男と妻(37)は2023年5月にウソの在留資格を申請し、40代の中国人の女をベビーシッターとして同年10月に不正入国させた疑いが持たれている。男らは、「技術・人文知識・国際業務」で申請し、資格外活動をさせていたという。ベビーシッターの女は、入管難民法違反の罪ですでに起訴されている。
容疑者の2人は、富裕層の40代の中国人女性客を支援していた。女性客は、東京都港区内の高級マンションで子どもと一緒に住んでおり、容疑者の男がベビーシッターを手配した。女性客が25年10月に高度専門職の在留資格が切れて帰国した後も、日本の教育を受けさせたいと、マンションに子どもを残していたという。
25年11月から26年1月にかけて警視庁に複数の情報提供があり、違反が発覚。調べに対し、2人は、「全面否定します」と容疑を否認しているという。
このニュースは6月18日に報じられ、容疑者の名前や顔の映像がテレビなどで流れた。すると、容疑者の男は、5月24日放送のNHKスペシャル「潤日の肖像 日本に向かう『中国』」に出演していた、とX上で指摘が出た。
番組では、日中関係が冷え込む中でも、日本に移住する中国人富裕層が増えていると指摘した。中国のSNS上では、移住は「潤日(ルンリー)」と呼ばれているといい、番組では、「日本を潤す」と紹介していた。
容疑者の男については、移住した富裕層の生活を支援する事業を手がけているとして、番組の冒頭から大々的に紹介した。男は、中国出身で、幼いころから父親の仕事で日本に来ていたのをきっかけに、日本国籍を取得したという。
番組では、容疑者の男は、50人ほどの客を抱えているとし、年間1億円以上も日本に貢献しているという客の会社経営者も紹介した。競争が激しい中国で息子を育てたくないとする富裕層が多いとし、経営者の息子も、ビジネス界に強い慶應義塾大学に進みたいと意欲を見せていた。
容疑者の男は、番組の最後にも登場し、日本が世界で一番選ばれる国になるのが夢だとし、「潤日」マネーは日本人が利用すべきだと提言していた。
男が番組に出演していたとの指摘を受けて、X上などでは、NHKに対する疑問や批判が噴出している。
「番組に主役みたいな感じで出してる」「ビジネスを後押しした可能性は否めない」「チェック体制はどうなってるんだろう...」
一方で、番組について、「敢えてこう言うグレーゾーンで行脚する人物を追ってる」などと指摘する向きもあった。NHKオンデマンドでの番組配信が削除されたことも話題になった。
NHKの広報局は6月19日、J-CASTニュースの取材に対し、次のように回答した。
「ご指摘の取材対象者のみならず、周辺関係者からも多角的に取材して番組を制作しました。犯罪が疑われるような情報には接していませんでした。放送後、この人物が逮捕されたことは遺憾ですが、取材方法に問題があったとは考えておりません。取材対象者が逮捕されたことを踏まえ、総合的に判断して、NHKオンデマンドの配信を停止しました」
以上。ですが、、記事の「容疑者の男は、番組の最後にも登場し、日本が世界で一番選ばれる国になるのが夢だとし、「潤日」マネーは日本人が利用すべきだと提言していた。
」、、こんなん信じるのは、テレビ麻酔にかかった人っすよ!
中国共産党は日本を乗っ取るために中国人を送り込んで来るんすからね。
富裕層いうことは、中国共産党と通通の奴ら。
犯人は日本に帰化しとるいうことで、みんな中国共産党とつるんだスパイ!
そして犯人の客の50人はどうか知りませんが、、
昨年自民党岩屋が、これまで中国富裕層のビザなし日中行き来3か月限定なのもおかしいが、それを岩屋が中国行って勝手に10年にしてきたでしょ?
一個人の采配でこれを可能なのは、日本がアホ朝鮮人政府だから。気持ち悪い!!
以上。
こちらは2024年記事→
NHKのラジオ国際放送で中国籍の外部スタッフが尖閣諸島を『中国の領土』と主張し『南京大虐殺を忘れるな。慰安婦を忘れるな』などと発言していた問題で、NHKの稲葉会長らが昨日会見し、国際放送担当の傍田理事が責任を取って辞任すると発表した。稲葉氏や井上副会長ら役員4人は月額報酬50%を1ヵ月自主返納する。稲葉会長は『放送法で定められた責務を果たせず、極めて深刻な事態であり、深くお詫び申し上げる』と謝罪した。また会長は『激変する社会情勢の安全保障上の観点から、危機意識が高まってしかるべきだったが、ラジオ国際放送の現場では、緊張感が欠けていた』と述べた。問題発言の際マイクの音量を下げるなど、対応が取れなかったことも問題視しており、職員への緊急対応の訓練や放送の事前収録などの再発防止策をまとめたとしている。
寺島尚正アナ「確かに問題発言の際には、あるスイッチを押すと遮断できるような、そういう装置もあったということですが、でも誰がそれやるんだってことになってて、練習もしていないから、あわわあわわしてるうちに、20秒が経っちゃったってことなんですね」
森永康平「ただ、なんでしょうね、マイクの音量を下げるっていうのは本当にもう最後の最後の緊急手段であって、そもそもNHKがこんな発言をさせてることが僕はおかしいと思います。危機意識とかそういう問題じゃない。そこら辺の無名のYouTuberが何か政治的主張してるとか、独自の歴史解釈をYouTubeで喋りました、ニコニコ動画で喋りましたとか、そんなもんどうでもいいっていうか、勝手にやってろと思いますけど、NHKですからね(笑)。全然訳が違うし、そんな何か問題発言しちゃった時、マイクの音量を下げ忘れましたじゃなくって、『そもそもなぜそんな発言する人間にやらしてんだよ』っていう話ですから。だからそもそもこれが起きたこと自体論外だし、それに対する感想を聞いても、意味がわかんないというか、『どこに問題があったかわかってんの?』っていう気がします」
寺島「で、1人責任取って国際放送担当の理事が辞任する、これで幕引きみたいな感じがしないでもないですけどね」
森永「全然意味わかんないですよね。そもそも危機意識とかそういうレベルの話じゃないんですけどっていう。いや本当ね、公共放送じゃなくてね、ニコニコ動画かYouTubeで無名のYouTuberとしてやり直してくださいという感じです(笑)」
以上。ということで、、、。NHK受信料はらわんで、イイッしょ!裁判されたら、「反日報道するから見てない。見てないのに受信料払うのは詐欺だ」言えば?、、
で、こちらは、坂東さんの本→
NHK以外の民放テレビ局は広告収入で成り立っていますが、広告、つまりCMを放映してもらうためにスポンサー企業各社は、巨額の資金をテレビ局に支払っています。
テレビ局はこれがあって初めて、出演者に高額のギャラを支払ったり、有名人を確保したり、取材したり、スクープ情報を買い取ったり、局で働くスタッフの給料を出せるわけですが、逆に言うと、このスポンサー企業のご機嫌を損ねるような放送をすると、CM放映依頼が来なくなるのです。
全く来なくなると、局だけでなく、局が外注している番組制作会社に仕事が回らなくなり、潰れますので、収録放送する内容には、自然と制限がうまれます。
スポンサー企業のほとんどは、海外、特に世界最大市場と言われる中国に生産拠点をおき、中国での市場を確保し、あるいは市場を争っていますので、情報が瞬時に伝わってしまう国際情報化社会と言われる現在、日本国内であっても、中国政府や中国人民が不買運動をおこしかねない放送内容のスポンサーになるわけにはいかないのです。
また、芸能界には戦後多くの朝鮮民族が様々な形で関わり、その事実に触れたばかりに仕事を干された日本人俳優や歌手も実在します。
では、NHKはどうなのか?
NHKは、日本放送協会という公共放送局です。
国営放送ではありませんから、ご存知の通り、政府の規制を受けることはないどころか、反日国の国是に従ったかのような放送が目に余り、実際に問題視されていて、受信料の不払いや、放送内容に関する裁判沙汰、国際問題にまでなっているのです。
NHKの住所は、東京都渋谷区神南2-1-1ですが、同じ所番地に、CCTV、つまり中国国営放送である中国中央テレビ(中国語で中国中央電視台)日本支局が、入っています。
日本における中国に関する報道は、このCCTVからの報道がほとんど。
そして中国が、メディアを使って情報統制をし、世論を操作していることは、今やバカでもわかる世界の常識。
しかしながらここを無視した放送をすれば、相手は国営放送だけに、NHKは中国への取材などでの出入国に制限を受ける可能性や、情報を遮断される可能性もありますから、うかつに中国に不利な情報なんて流せません。
台湾発の中国関連放送なんて、まず無理です。
だから、中国が核兵器を開発してからこれまで、内陸部のシルクロードを含めた新疆ウイグル自治区やその他の場所で住民に知らせずに43回もの核実験を行い、多くの村が被爆したことなど全く報じられないのです。
まあ、ちょうどその当時NHKは、「シルクロード」ブ一ムでしたから、太古のロマンに憧れた日本人観光客を誘い出し被爆させた可能性がある以上、同局としても、私が何を書こうが絶対に触れられたくない話。
このように、日本のメディアはその仕組みや情報発信において、日本と対立する国の実状を伝えにくい性質を持っていて、
それが国民に危機の実在を伝えない原因となっています。
またわたし達自身、くだらない番組のなかから比較的くだらなくないかもしれない番組を探して時間を過ごしていて、知らずしらずのうちに「情報麻酔」に侵されています。
しかも数十年にわたって麻酔を食らっていますから、もう廃人手前の状態、痛みを感知しないうちに、背中は床ずれで腐敗がすすみ、夢みる寝たきり老人状態に、なっているのです。
以上。
ほんとそうですよね、テレビは、捨てるためにある
。
テレビ無いと寂しいいうひといます
が、寂しさ紛らわすために
テレビつけるのは、自分と向き合うことから逃避しとること。
自分自身に向き合えない人ほど、依存性が高く、精神的自立できない。
テレビに依存、医者に依存、介護施設に依存、、
自分で考えること、しなくなる。
医者に言われるまま、、リハビリ医師に言われるまま、、
施設で、生涯を閉じる、、
いや別に、坂東さんはそういう意味で寝たきり老人て書いてないですがね、まあ、テレビなんて、洗脳道具でしかないんで。
テレビばかり見てる人は、自分が、国に、社会に、職場に、、
洗脳されとることにさえ、気付けん、よくない意味で、柔順なんやと、思うけどね。。
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