2026年9月23日水曜日

しばき隊の資金源

→動画中、関西生コンは、写真の れいわ 新選組大石あきこ と深いつながり。桜井さんのいう「朝鮮」とは、 韓国と北朝鮮両方と思われます。→ https://youtube.com/shorts/wyZwyyODcEU?si=TVcRQ5vIaAcd9WG6

殺された政治家の条件

→https://youtu.be/PZlSPIBqdzM?si=7RAecPLjn39PprCb

2026年9月22日火曜日

在日特権(複数通名所持)

 元警察官、坂東忠信著「在日特権と犯罪」 より抜粋 ●複数の通名申請と変更届で、複数名の保険証が入手可能→ 外国人には通名の使用が認められています。 普通はアルファベットを日本の発音に合わせてカタカナにする、または近い発音の漢字を当てる程度であり、顔写真同様、通名を見れば異民族であることが一目瞭然であることがほとんど。 しかし在日朝鮮人民族は、日本人と全く同じ氏名を 通名にするうえ、つい最近までは、一般外国人も この通名の変更を届け出るたびに、新しい保険証の申請受領が可能であることから、複数をそろえることも可能、これを公的身分証明書として、異なる複数の 通名口座を開設することで、税金対策、所得隠しが可能だったのです。さらにこうした保険証を悪用して、複数の携帯電話を購入し転売することも可能だったのですが、これはさすがに犯罪につながる可能性が高いため、2013年11月1日に埼玉県警が、国内初の組織犯罪処罰法違反と詐欺容疑で 逮捕しています。 この男は一年のうちに5回も通名を変えていたとのこと。 そういうことが実際に可能であり、同様にこうした手口で 作られた未発見の隠し口座が 全国に多数存在する可能性を示し、これを否定する根拠がありません。 ただし、2012年4月1日から、免許証など公的な身分証明には必ず本名が明記される こととなり、(希望があれば本名に通名が併記される) やっとこの手を封じる第一歩が確立しております。 現在は通名のみ記載の公的証明書類は発行されなくなりましたが、過去に使用された、未登録  通名口座による隠し口座はまだかなりの数が稼働しています。 以上。 ということで、、朝鮮人は汚い手を使い犯罪など犯しても、 一つも悪いとおもわない民族。 過去に ●東京で韓国バーを経営する韓国人女性が、年収一億以上ある にもかかわらず市営住宅に住み、 生活保護を受給して大金を騙し取り逮捕されました。● 神戸市在住の韓国人が近い年月の間に二度車にひかれて、 その金を収入申告しないままに生活保護を受給し続け、 ポルシェを所有しており、逮捕されました。 コレ、第一には、日本の政府中枢が、隠れ朝鮮人スパイ集団なので、 在日朝鮮人に特権を与え続けてきた。 その政府自体、朝鮮総連と民団とタッグ組んでいるので、 地方公務員にどんどんと、在日朝鮮人スパイを 入れる。 地方自治体も、朝鮮総連などのおどしにより、在日朝鮮人を 公務員として受け入れ、それが生活保護や 朝鮮学校に投入する補助金などの担当になってゆく。。。 上の例の朝鮮人犯罪者は、氷山の一角。 バー経営の女性は、当たり前に隠し口座を持ち、だから、 生活保護も受給し、市営住宅にも入れた。 逮捕時本人が言ったのは ●お金を貯めたかった( 国民の税金を盗んででも ) そして神戸市のポルシェ男も同じ。 交通事故の保険金を隠し口座に入れて、生活保護担当に バレないようにした。 しかし多額の保険金、しかも2度に渡って、、となれば、 長期入院をしたはず。 年に3回ある 家庭訪問を、神戸市役所担当は、行っていなかったのではないか? ポルシェは、自宅とは別の駐車場に駐めて、担当公務員をだませたとしても、、 神戸市は朝鮮市なので、朝鮮人は審査なしで 生活保護を 受給させたりは、 十分あると思いますね。神戸市公務員自体、隠れ朝鮮人スパイ工作員なので。 現に、この男が、窃盗で取り調べのため、警察が、ポルシェ所有、生活保護受給者と突き止めるまで、神戸市役所は 朝鮮人詐欺者に生活保護を長年与え続けていたのですから。。 それでなくても、外国人への生活保護は、本国にある  預貯金含む資産を調べることが不可能なので、わからないままに 与え続けているのですから。 複数の通名使用はもちろん、一つの通名も使用させない のが、当たり前なのです。 日本で生きて行くには、その覚悟ある人間しか 受け入れないのが、日本人の常識です。朝鮮人優遇、日本人劣 遇 の 逆差別、いいかげん止めよ!!

日本とドイツ政治の異変

→https://youtu.be/f6MnwmlzIts?si=9_QU7vtvcz7dvCB9

今まさに「秀吉の時代」

と同じことが起きている、と言えましょう。 スペインとポルトガル、、、が、、偽ユダヤに操られたアメリカ、、と、、中国。。 そして、自民党岩屋や二階、そして維新の橋下透など、あからさまに日本を中国に 献上しようとする者や、アメリカの犬となり日本を 乗っ取る自民党隠れ朝鮮人スパイ。自民党と戦っているフリをしながらも、 ロシアや中国に日本を献上してもよい、左翼韓国と協力しながら日本を乗っ取りたい日本共産党、社民党、れいわ新選組などの隠れ朝鮮人スパイ、、、この者たちは全て、日本をつぶすための、工作員なので、あの時代の「キリシタン大名」の立場。 今この時代に、日本を守るための政党は?? 今ある国政政党のなかでは、参政党しか、ないのかも、しれない、、、。 秀吉は、やはり直感が鋭い! この、ギリギリもしくは 手遅れ寸前の時期に九州遠征をやった こ とが、 やはり、「神」。 → 秀吉の主な政策(危機感の背景となった対応)バテレン追放令(1587年): キリスト教の急激な広がりや、それに伴う日本人身売買・領地寄進への危機感から、宣教師の追放令を出しました。サン=フェリペ号事件(1596年): スペイン船の漂着時に、スペインが宣教師を先兵として植民地化を進める手法をとっているとの情報(風説)に接し、警戒を強めました。日本二十六聖人の処刑(1597年): 西欧の侵略意図を抑え込むための見せしめとして、京都・大坂で捕らえた宣教師と信徒を長崎で処刑しました。 【秀吉がコエリョに出した質問状】 一つ、なぜかくも熱心に日本の人々をキリシタンにしようとするのか。 一つ、なぜ神社仏閣を破壊し、坊主を迫害し、彼らと融和しようとしないのか。 一つ、牛馬は人間にとって有益な動物であるにもかかわらず、なぜこれを食べようとするのか。 一つ、なぜポルトガル人は多数の日本人を買い、奴隷として国外へ連れて行くようなことをするのか――という四カ条で、同時に秀吉はコエリョに対し追放令を突き付けている。 この追放令が出されたことで九州各地や京・大坂にあったイエズス会の教会や病院、学校などが次々に破壊された。しかし秀吉が、交易やキリスト教の信仰自体を禁止したわけではなかったため、ほとんどの宣教師たちは九州などにとどまり、非公認ながら布教活動を細々と続けたことがわかっている。 さて、秀吉がなぜこの追放令を出したかだが、その理由の一つに、西欧人たちが胸に秘めた日本侵略の意図を読み取ったからだと言われている。宣教師コエリョが秀吉を博多で出迎えた際、自分が建造させた最新鋭の軍艦に秀吉を乗船させて、自分ならいつでも世界に冠たるスペイン艦隊を動かせると自慢半分、恫喝半分に語ったという。このとき秀吉は彼らの植民地化計画を瞬時に看破したのであった。 もう一つ許せないのが、日本の大事な国土が西欧人たちによって蚕食され始めていることだった。 たとえば、キリシタン大名の大村純忠は自分の領地だった長崎と茂木を、同じくキリシタン大名の有馬晴信は浦上の地をすでにイエズス会に寄進していたのだ。 日本国の支配者たる秀吉にとって、いかに信仰のためとはいえ、外国人に日本の領土の一部を勝手に譲渡するなど言語道断の出来事だった。西欧人たちがそれを足掛かりとして領地を広げていくことは火を見るよりも明らかだったからだ。 最初に宣教師を送り、続いて商人、最後に軍隊を送って国を乗っ取ってしまうという西欧列強お得意の植民地化計画が今まさに実行されようとしていたのだ。 秀吉はそれを防ぐためには、キリシタン大名や宣教師たちの勝手な振る舞いに一日でも早く歯止めをかける必要があると考えたのである。 さらに、秀吉がこの伴天連追放令を出した理由として、実はこれが最も大きかったのではないかと研究者たちの間でささやかれている理由がもう一つある。それこそが、先の四カ条の詰問にもあった、日本人の奴隷問題だった。 日本人の貧しい少年少女が大勢、タダ同然の安さで西欧人に奴隷として売られていることを秀吉はこのたびの九州遠征で初めて知ったのだった。 九州遠征に同行した秀吉の御伽衆の一人、大村由己は著書『九州御動座記』の中で日本人奴隷が長崎港で連行される様子を大要、次のように記録している。 『九州御動座記』の記録 「日本人が数百人、男女問わず南蛮船に買い取られ、獣のごとく手足に鎖を付けられたまま船底に追いやられた。地獄の呵責よりひどい。──中略──その上、牛馬を買い取り、生きながら皮を剝ぎ、坊主(宣教師を指す)も弟子も手を使って食し、親子兄弟も無礼の儀、畜生道の様子が眼下に広がっている……」 同胞の若者たちが鎖につながれて次々と南蛮船に押し込まれていく光景は大村由己にとってはこれ以上ないカルチャーショックだったに違いない。 何とも酷たらしい場面だが、当時の海外に出た西欧の商人にとって有色人種の奴隷交易はなんら恥じることのない商取引だった。これはそもそも、1452年にローマ教皇がポルトガル人に対し異教徒を奴隷にしてもよい、という許可を与えたことが根底にあるという。 なお、牛馬の肉を手づかみで食べるというのは、西欧ではこの当時、食事にフォークやスプーンを使う習慣がまだ定着していなかったからだ。ルイス・フロイスも日本人が器用に箸を使って食事する様子を驚きをもって本国に伝えている。 大村由己は自分が目撃したことを秀吉に報告したところ、秀吉は激怒し、さっそく宣教師コエリョを呼びつけ、なぜそんなひどいことをするのかと詰問した。するとコエリョは、「売る人がいるから仕様が無い」そうケロッとして言い放ったという。 この言葉からも、こうした日本人奴隷の交易にキリシタン大名たちが直接的にしろ間接的にしろ何らかの形でかかわっていたことは間違いないだろう。 海外に連行されていった日本人奴隷は、ポルトガル商人が主導したケースがほとんどで、その被害者はざっと5万人にのぼるという。彼ら日本人奴隷たちは、マカオなどに駐在していた白人の富裕層の下で使役されたほか、遠くインドやアフリカ、欧州、ときには南米アルゼンチンやペルーにまで売られた例もあったという。 この5万人という数字に関してだが、天正10年にローマに派遣された有名な少年使節団の一行が、世界各地の行く先々で日本の若い女性が奴隷として使役されているのを目撃しており、実際にはこの何倍もいたのではないかと言われている。 こうした実情を憂慮した秀吉はコエリョに対し、日本人奴隷の売買を即刻停止するよう命じた。そして、こうも付け加えた。 「すでに売られてしまった日本人を連れ戻すこと。それが無理なら助けられる者たちだけでも買い戻す」といった主旨のことを伝えている。 その一方で、日本国内に向けてもただちに奴隷として人を売買することを禁じる法令を発している。こうして秀吉の強硬な態度がポルトガルに対し示されたことで、日本人奴隷の交易はやがて終息に向かうのであった。 もしも秀吉が天下を統一するために九州を訪れていなかったら、こうした当時のキリスト教徒が持つ独善性や宣教師たちの野望に気づかず、日本の国土は西欧列強によって侵略が進んでいたことだろう。秀吉はその危機を瀬戸際のところで食い止めたわけである。 慶長元年12月19日(1597年2月5日)、スペイン船サン・フェリペ号の漂着をきっかけとして、スペイン人の宣教師・修道士6人を含む26人が長崎で処刑された。これはポルトガルよりも露骨に日本の植民地化を推し進めてくるスペインに対する秀吉一流の見せしめであった。 ともすれば現代のわれわれは秀吉に対しキリシタンを弾圧した非道な君主というイメージを抱きがちだが、実際はこのときの集団処刑が、秀吉が行った唯一のキリシタンへの直接的迫害であった。それもこのときはスペイン系のフランシスコ会に対する迫害で、ポルトガル系のイエズス会に対しては特に迫害というものを加えたことはなかった。

2026年9月21日月曜日

満州国きっかけ

太平洋 戦争という名は、真珠湾を日本が奇襲攻撃をしたことにより開戦したということだけにしたいアメリカが、戦後日本に押し付けた呼び名です。 が、その太平洋戦争に至るきっかけがあったわけで、、なので日本人は大東亜戦争と呼ぶのがふさわしいと思われるわけですが、、。 動画中の、石原完爾、ですが、。 この男が、 後の陸軍暴走 の手本を 造った わけですが、、 わたしは、石原完爾が勝手にやった「柳条湖事件」。 このような卑怯なことをやり、あとあとうまくゆくはずがない、と思いました。 日本人ではなく、朝鮮人だから、こんなことをやった のだろうと、 思いますね。 東京裁判のまえの調査の場で、アメリカに対して ●一番の戦犯は、原爆を落としたトルーマンだ。 ●あの世からペリーを呼んでこい!ペリーを裁け。 ●日中戦争の引き金をひいたのは自分だ、自分を処刑しろ。 など、、勇ましいともてはやす意見もありますが、、 日本人は、こんなことを、裁判まえの段階で、アメリカに言わない、言えないです。 主張が強い朝鮮人だから言うし、卑怯な手を使い戦争を勝手に 始めたことの反省よりも、他を責めることが勝つのだと。 人間いくら、他にいい部分あれど、道徳や謙虚に欠ける、 その欠けた部分が、他人 の命(敵にしろ味方にしろ)を奪うのであれば、わたしは、 ハッキリと言います!下劣な人格であった、と。 実際、彼は東京裁判にかけられていません。 重病が理由と言われていますが、プラス 朝鮮人だから、でしょう。 戦争は、多方面から観るのが当たり前ですが、、 →①柳条湖事件を引き起こした日本の関東軍が責任を転嫁したのは、中国共産党ではなく、当時の中国東北部を支配していた国民党系の張学良の軍隊(中国軍・東北軍)です。 ②当時、国民党の指導者だった蔣介石(しょうかいせき)が、上海で共産党員を弾圧・粛清する「上海クーデタ」を起こしたことがきっかけで、両党の協力関係(第一次国共合作)が崩壊し、第一次国共内戦(1927年〜1937年)が始まりました。戦うようになった主な経緯1924年(第一次国共合作):中国を統一するため、国民党と共産党が一時的に手を組んでいました。1927年4月(上海クーデタ):勢力を強める共産党を警戒した蔣介石が、武力弾圧に踏み切りました。その後:一時的な休戦(日中戦争共同抗戦のための第二次国共合作)を挟みつつ、1946年からは再び激しい内戦(第二次国共内戦)へと突入し、1949年の共産党勝利に至りました。 以上。 それから、、動画内「日露戦争に勝ったことで、ロシアから 賠償金が入ると喜んだ国民だが、賠償金ゼロ円となり落胆」 とありますが、、 ●金のために、異国人の命を消し去ることを喜ぶのか? ●なら、なぜ?自分 の身内が戦死したことに、落胆が出来てしまうのか? ●相手の戦士にも身内はいる。 同じ立場と思えないのは、単に国に洗脳されたからなどと 言い訳は出来ない。 その人が持つ、未熟さが、原因である。 なので、戦争など、やり、それに追随する民、自国に洗脳される民、、 そんなだから、、戦争に勝ったと大喜びをし、負けたと落胆を、 できてしまうのでしょう。 おろかな民は、今も変わらないのかも、しれない。。 動画内、中華民国とされていますが、日本の敗戦後に、国民党蒋介石が台湾に逃げて共産党が勝利したことにより、 台湾が中華民国と呼ばれるようになり、共産党が支配する地域が、 中華人民共和国、となった。 大変わかりやすい動画。 なお、アメリカと戦うことになった背景に ●日本が石油の大部分を輸入していたアメリカが、 日本への石油輸出を断った。 ●国際連盟で、日本が、人種差別撤廃を西欧諸国に申し立てし、西欧諸国から 反感を買ったこと、、 などは、述べられていません。 、、最後にもう一つ、この満洲進出となるきっかけも、、 先の記事に書きましたが、隠れ朝鮮人スパイ山県有朋による 、日本人のフリをして、実は祖国である朝鮮を守るために、 日本の国土と日本人を、おおいに犠牲にすることは、 当初からの作戦であった、、それを知らない日本人は、 隠れ朝鮮人スパイ( 天皇含む)に、大いにノセられた 無知の集団であった。 そして、イギリスアメリカに追随する自民党など隠れ朝鮮人スパイ工作員と、 韓国、中国、ロシアに追随する、日本共産党、社民党、れいわ 新選組など、、、。 ニセ右翼ニセ保守隠れ左翼と、隠れてない左翼、、 どちらにしても、日本を乗っ取る隠れ朝鮮人スパイ工作員と隠れ朝鮮人スパイ工作員 の、この日本における朝鮮人同士の争いは、現在も継続中である。 検索→ https://youtu.be/QklYx9_N_Jk?si=qOQrx8i6SuBrHdAr