2026年6月4日木曜日

通名制度について

こんな意見がありますね。。 だいたい、韓国がいやだから日本に来た、あるいは日本から韓国へ戻らなかったわけですよね? あるいは、日本に長く住んでいるからこのまま日本にいる方がいい、。とか。。 なら堂々と本名名乗ればいいわけですよ。 それで差別受けたなら、そのことを公にして、差別を無くしてゆく道すじをつくればいいだけ。 実際差別されてるのは、日本人なのだから。 在日特権による在日枠就職や進学があるから、日本人よりも 出来の悪い脳みそで、公務員やらにもなり、韓国や中国に有利となるように反日活動を行っており、、これって、工作員ですからね。 イジメだって日本人がやられてるし、振り込め詐欺とか殺人が 増えたのも、在日とか在日帰化が増えすぎたから。 神戸市の動物行政も、韓国朝鮮ばかりやから、仕事サボるため 殺しまくる。。 京都府はちょっとわからなかったが、神戸市動物行政は、完全に朝鮮で固めてますから。 だから日本動物福祉協会、在日と思われる松田早苗率いるCCクロが、殺処分判定ばかりやり、湯木などは松田の秘蔵ッ子で、殺しまくりしていたのだから。 玉崎も、、普通、「猫と共生の街こうべ」うたっていながら、そしてふるさと納税と通常税金から、猫の手術費を出してるのに、耳カットしてる猫やらしてない猫も、日本人なら殺しませんから。 朝鮮人は人も動物も、簡単に殺すから。。→通名制度の廃止は彼等が日本に今後も住むのなら早々に実現するべきですが、本質的な問題の解決にはならないと思います。 それより優先すべきなのは帰国事業だと思います。 わざわざ差別がある国に住み続ける合理的な理由があるとは思えませんし、彼等が本来いるべきところにいれば差別の問題も通名の問題も無いのです。 先住民である我々が祖国の治安を悪化させるリスクを負って不法入国者の利益を守らなければならない理由は無いのです。 通名廃止はあくまでも次善の策であって問題を根本的に解決出来る最善策は帰国事業の推進だと思います。

2026年6月3日水曜日

政府が帰化人を優遇する理由

最新大野さんの動画、、わたしは見れません、 動画が見れない状態です。 ブログを書けなくなったタイミングから、、、 大事な内容と思いますよ。 伊勢市議しながら、負けないでこういうことあげてくれる大野さん、感謝ですね! 動画検索→ 大野ひろふみ、 政府が帰化した人を優遇し 守る 理由

インドネシア、元日本兵を英雄基地に埋葬

日本が インドネシアを植民地から解放したことについて、 中国人ぽいサイト名や通名によく使用される名前の人が必死で反論をして対日工作をやっています。 が、、これを見ても、一目瞭然です! 中国、韓国は、新興宗教じみた洗脳工作スパイを、即止めよ!! → 2026年06月03日 水曜 じゃかるた新聞 日イ関係 最後の元残留日本兵 死去 小野盛さん、享年94歳 英雄墓地に埋葬 最後の元残留日本兵 死去 小野盛さん、享年94歳 英雄墓地に埋葬 2014/08/26 (2014/08/26 15:17:54更新)  第二次大戦で日本が敗戦した後、インドネシア独立のために戦った「元残留日本兵」の最後の一人、東ジャワ州バトゥ市在住の小野盛さん(おの さかり、インドネシア名=ラフマット)が25日午前5時50分、同州マラン市内の病院で亡くなった。享年94歳、死因はチフスによる合併症。家族や元残留日本兵の相互扶助組織「福祉友の会」の関係者らは故人の死を悼んだ。           小野さんはレバラン(断食月明け大祭)後に体調を崩し、今月11〜14日にマラン市内のエティ・アスハルト病院に入院した。その後、自宅にいったん戻ったが、20日から同市のマラン・ムハマディヤ大学病院に再び入院した。25日、体調が悪化し、同病院で死亡が確認された。  元残留日本兵の宮原永治さんが昨年10月亡くなり、小野さんが最後の一人だった。今月17日に大統領宮殿で開催された独立記念式典は欠席した。しかし、小野さんのインドネシアを思う気持ちは強く、同記念日に合わせた地元民放の取材に「インドネシアはより発展しなければならない」と話した。  自宅に戻った小野さんの遺体は25日午前10時半ごろ、国軍兵士らに迎えられた。棺にインドネシア国旗「メラプティ(紅白旗)」をかぶせ、兵士らは棺を担ぎ、県内の英雄墓地に向け出発した。墓地ではウスタッド(説法師)によるイスラムの祈りとともに国家英雄として英雄墓地に埋葬され、家族28人や友人が故人の冥福を祈った。息子のエル・スヨノさんは「偉大な父の死に悲しみを感じている。最近まで孫と仲良く過ごしており、まだ信じられない」と話した。父との思い出について、子どものころ、ジャングルでの銃撃戦の武勇伝を聞いた。失敗談もあり、初めてのモスクには、靴を脱がずに入ってしまったという。  小野さんは1979年に設立された福祉友の会に入会し東ジャワ州副支部長を務め、元残留日本兵の地位向上に尽力した。同会スラバヤ支部の石井ヤントさんは「お疲れさまと声をかけたい」と述べた。(小塩航大、西村百合恵) ▲ 残留日本兵 1945年8月15日、日本の敗戦で中国や東南アジア諸国で多くの日本兵が取り残された。その後、帰国せず現地に留まった者もいる。インドネシアでは、オランダとの独立戦争に多くの日本兵が身を投じた。福祉友の会によると、約900人の日本兵が参戦し、531人が戦死や行方不明。324人が生き残りインドネシア国籍を取得。45人が日本へ帰国した。

気持ち悪い中国、韓国

3歳児がおもちゃを、「買って買って〜」と、床に寝転んでギャ一ギャ一泣いてるのと同じ。 気に入らんことあれば、キレる、ふてる、ガキか? シネ、珍獣、習珍平率いる、中国降参党。 こんなやつの言うことを当然としている中国人は、そら頭おかしなって当然やろ、キモい。 何が祖国統一じゃ!台湾は中国ではない! 嘘つき中国降参党は死んでまえ〜〜 → 2026年6月2日 火曜 午前0:38 中国外務省は、アメリカの大手紙ニューヨーク・タイムズの北京駐在記者を事実上の国外退去処分にしたことを明らかにしました。 一方アメリカ側は、中国の通信社でアメリカに駐在する記者のビザを取り消しました。 ニューヨーク・タイムズは5月29日、北京駐在の記者が2026年2月、中国当局から国外退去を命じられたと明らかにし、主催するイベントに台湾の頼清徳総統がビデオ参加したことへの対抗措置だと説明していました。 これについて、中国外務省の報道官は1日の会見で「台湾当局に台湾独立という誤った主張を拡散する場を提供した」などと述べ、ニューヨーク・タイムズを非難しました。 また、ニューヨーク・タイムズの北京駐在記者について「偽って取材をした記録があり、法に従って居留許可を取り消した」と述べ、事実上の国外退去処分にしたことを明らかにしました。 一方、アメリカメディアによりますと、トランプ政権はこれに対抗してアメリカに駐在していた中国国営の新華社通信の記者のビザを取り消しました。 以上。 そして、嘘つき中国と嘘つき韓国は、世界から信用されていない。万博が終了してだいぶ経っても、中国館建設の金を、中国ははろてなかったが、中国からしたらそれは中国が優秀やから、、になるんやとさ!キモ! 金に汚い韓国も、同じく!! → 2018/12/18 20:25 産経新聞:産経ニュース  華為技術(ファーウェイ)など中国の通信機器メーカーに対する安全保障上の疑念が強まった。韓国では自称・元徴用工に対する異常判決が相次いでいる。信用を裏切り、約束を踏みにじる行為は両国にとって命取りになると国際投資アナリストの大原浩氏は分析する。大原氏は寄稿で、日本企業と中韓の取引に警鐘を鳴らす。韓国経済に至っては、投資家の資金引き揚げで壊滅的な状態になる恐れがあると指摘する。  新日鉄住金に対する自称・元徴用工裁判は不当にも原告の勝訴となった。続く三菱重工の裁判においても賠償命令が出された。これにより、日本企業の韓国における資産の差し押さえという事態も現実味を帯びてきた。  これまでも警告してきたように、日本企業はこのような「不法治国家」である韓国の企業や、ウイグルで残虐行為を続け、国際的な非難を浴びている中国(企業)との取引を即刻停止すべきである。  「それは分かっているが、撤退するには深入りしすぎている」という企業経営者の声も良く聞く。確かに、彼らの状況は分かるし、気持ちも理解できるつもりだ。  しかし、タイタニック号が氷山にぶつかって浸水し始めたときに、「すでに多額の乗船費用を払ってしまったから逃げない」という人間が存在するだろうか。むしろ、2014年に韓国で起こった旅客船セウォル号沈没事件で、船長が乗客を見捨てて自分だけ逃げたことを思い出す。  確かに、「船と共に沈んでいく船長であるべし」というのは、日本人の美学でありサムライ精神でもある。しかし、ビジネスにおいてそのような美徳は合理的だろうか。沈みゆく船から一刻も早く脱出するのが正しい選択である。  例えば、日本企業の韓国資産への差し押さえが実際に行われたとしよう。最高裁の判決が出てしまった限り、法治国家では可能だ。韓国のような「不法治国家」では微妙だが、もし、文在寅(ムン・ジェイン)政権が世論に押されてその動きを止めることができなかったとしよう。さすがに、日本企業の新規投資は凍結され、既存事業の撤退も加速するだろう。  影響は日本企業だけにとどまらない。「国際ルールに反する差し押さえ」という驚愕の事実は、世界中の企業に赤信号を点滅させる。韓国の上場企業の外国人株式保有比率は高いから、それらの資金が引き揚げただけでも壊滅状態になる。  そして、もっと重要なのは、韓国あるいは韓国人が約束を守らない存在であるということが世界中に印象付けられるということである。  これまでも、「韓国人や中国人は約束を守らない」などということがよく言われてきた。差別的な意味合いでこのようなことを述べるのは正しい行為とはいえないが、日本人や西洋の論理ではそのように見えるのも事実だ。例えば孔子を始祖とする儒学。革命以前の文化を徹底的に破壊した中国共産党が、孔子だけを持ち上げて「孔子学院」なるものを世界中に広めたのは、工作員を送り込む目的以外に、孔子の教えが共産主義独裁政権に都合が良かったからである。儒学では権力者の命令が絶対視される。それを拡大解釈して「権力者のどんな無理な命令にも、『ハイ、その通りです』と答えるのが正しい」と教える。 韓国も儒教的な国(日本はそのような儒教とは異なった朱子学が盛んだった)であり、すべては「権力」で判断されるので、相手の地位が自分より上なのか下なのかということに異常にこだわる。権力者は何をやってもかまわないし、法律など関係ないのである。  当然、このような文化圏では西洋的な「契約」という概念も存在しない。契約は、「相手と自分が対等(平等)であり、どちらも約束を守らなければならない」というコンセンサスがなければ無意味だ。  中国の国有企業では支払いを引き延ばすほど優秀な経理担当者だとされる。国有企業の方が民間企業より地位が上だから約束を守る必要はないし、「信用を失う」という概念もないのだ。  このような国々と日本や西洋を中心とする先進国は「契約」に基づく取引を行うべきではなかったのである。

2026年6月1日月曜日

韓国は「嘘をつく国民」

李栄薫著の「反日種族主義」を読んでいて思い出すのが、、、 わたしが訴訟をした相手の、京都の町野まさ子松本英恵、この二人に乗っかりわたしを、ネットでたたいた兵庫の松田早苗、それから全く関係ないが同じく乗っかってたたいた鳥取のナカイチ、 この四人は在日または帰化二世あたりと、思いますね。 まあナカイチは精神分裂病の可能性ありなので、、 ただし、日本人ならあんなことやらないと。 日本福祉協会松田早苗は、、知人二人が、松田の自宅敷地には 動物の骨がたくさんあり、自分で殺したのではないか?と。 福祉協会自体殺処分を多数行なってきた団体であり、週刊誌にも取り上げられ、「幸せの絶頂で殺してあげるのが動物福祉」 という狂った思考団体でしたから。 動物虐殺で逮捕されていい団体ですから。 殺処分公務員と同じく。 民事訴訟開始した途端に、町野、松本、松田は何も書かなくなりました。 神戸市の、誰だったか?竹原だったか?には、 ●松本さんは会員ですよね?と聞かれ、 ハイとしか答えませんでしたが、、 神戸市と会議をして、殺処分犬の全頭引取を決めたその足で、 元々予定していた京都府との会議に行くと、駐車場に女性がいて、それが松本だった。 松本は何か手伝いをしたいと言い出したので、わたしは、センターから福知山にある自宅兼施設までの搬送(松本の家が亀岡で当時のセンターに近いので)をお願いすると、 小型犬しかようさわらないと言ったので、それでもいいから。 と。で、自分はサ一ビス精神旺盛なほうなので、松本に 「今から京都府と会議やるので、松本さんも入りますか?」誘い入った。会員の大島さんも来ていたと思う。 で、その会議のなかで、佐藤センター長が、「松本さんが搬送を手伝うなら、井上さんの会の会員になって下さい」と言われ、ここでなった。が、、松本が搬送をしたことは一度もなく、マルチ一ズまりの預かりをお願いした。 その松本の友人が、当時ドッグトレーナーをしていた町野だった。松本はあの時町野とうちにくるまで、一度も来たことはなかった。私が町野と松本を相手取り訴訟をしたきっかけの文章は 町野が考え松本がネット掲載をしたものであった。 町野は、アニマルホーダーだの、動物虐待も書いてたかな? 施設にいる犬すべてを井上から助け出して見せます!! と書いており、題名も【京都神戸動物愛護団体崩壊レスキュー】だったかな?としていかにもレスキューするとしていたが、実は裏で神戸市と京都府に、「井上に渡した犬全部引き取れ!」と言っており、そのくせ民事訴訟の一回目の準備書面には、「ネットにあげた文章はわたしのことを指したものではない」としており、、バカか?全ての生命を尊ぶ会、井上弥生と、何度も書いとるやないか?? 弁護士も、わかってるくせに、よくのうのうと書くよな。 で、その一回目の法廷で裁判官が、和解しませんか? と。たぶん向こうが和解したかったんやろ。 まさか訴訟してくるとは思っていなく、わたしは自分でやるが 、あいつらは弁護士頼みで金かかるから。 しかも負けたら賠償とわたしの訴訟費用(裁判所に払った印紙代など)も払わなあかんから、結局金かかるから、それ以上 ネットに書くのをやめただけであって、反省など、一つもしとらん!! 自分の呼吸困難で、裁判は二回目までで、取り下げるしかなかったが。。。 嘘がいっぱい書いてある。 あいつら、わたしが、譲渡努力を全くせず、殺せば仕事が楽やから大量殺処分しとる京都府と神戸市の公務員をネットでたたいてることと、自分の金、労力、時間全て動物を殺処分から救 っているわたしをたたくことを、同じやとおもてる。 しかも、向こうは松田以外匿名で。 松田も町野も、殺処分賛成派やから、わたしのやってることが 気に入らんのと、目立ちたい。 わたしは目立ちたくてやったん違う。 動物を思うとワ一と、大声あげて泣くくらい、かわいそうやから。   一度目結婚で、一千万と、子供の教育費用4百万を貯めていた。 結婚期間は23年やが、最後3年は交通事故のあと仕事行けてないから、20年で貯めた。 家のロ一ンに毎月16万払ってて、夫婦仲が良ければ、 貯金の分もロ一ンに入れていたが、夫婦仲は悪いしかも、 相手の母親が勝手に決めて家の持ち主は相手でわたしと相手の母親が保証人。 いつ離婚するかわからんから、お金で持ってる方がいいな、 と、貯金してた。 みなと銀行に、「離婚したから保証人外して下さい!」いうた 時、スッとしたなあ。  相手には、相手の生命保険解約した400万をくれてやった。 しかし、相手はそれ以外に、わたしが仕事3年間休んでるのに 給料はらったことにして、それ全部自分の飲み食い衣服やらに つこてしまい、、月30万で3年で約1千万やから、 取り分互角なんじゃ!! 相手がバカなのは、、 わたしが仕事休んでる時に、 相手の母親から「ハヤト、みなと銀行(母親が取引してる会社)がお金借りて欲しいいうてるから」と言われ、、 どんどん借りて、借りた金は自分の金とバンバン使い、、 だいぶ前に娘から聞いたのが、みなと銀行がこれ以上貸されへん言うて、他から借りてる、と。。 ブ一メランじゃ!! 男性諸君!女性とは、心が冷めてきたら、こうやって、静かに準備をしているものですよ。 ほら、一時期流行ったでしょ? 法律?が変わり、 夫が掛けた期間の厚生年金の将来の受け取り分を、離婚するまでの期間の分、妻と折半できることになり、熟年離婚が流行っ たじゃないですか?アレたぶん、我慢していた妻が、 夫の厚生年金と退職金を最低でも半分持ってくためでしょ? あんな計画的なのはイヤやけど、わたしの場合、女、暴力、 モラハラに我慢し、わたしは相手や従業員の3倍の仕事を こなし、家事も全てわたし。 そのうえ相手の友人やら従業員を相手が家に呼ぶから ご飯しなあかん。 もう我慢できん。 保険の解約金やるだけでも優しすぎた。 慰謝料ももらってないのに、、。 しかし、そうやって事実上折半を、あんな奴にしたことを、 神は見ていました。 ちゃんと助けが入っています。 と話は変わりましたが、、 自分の生活と動物の命助けるために、 すべて貯金は使い果たしました!とさ。 で、あの四人が特に最近朝鮮だな、、と。 日本人がやるやり方じゃないし。 松田あたりは今も在日のままと思うがね、、 他も、昔に帰化していたとしても、 朝鮮血統だからあんなやり方したと思う。 ゆっときますが、朝鮮人すべてがとはいいません。ただ、 日本にいる朝鮮系に、よくないのが多すぎるのと、日本にいる朝鮮系が、朝鮮系の問題点にあまりにもスルーしすぎているのが大問題。何故か? ニホンジンの名前を偽って名乗り、日本人の仮面を かぶり、自分の出自を隠したままに死んでゆくだけだから。 だから、通名制度!廃止!!へ。 李栄薫著「反日種族主義」より→ 韓国の嘘つき文化は国際的に広く知れ渡っています。2014年だけで偽証罪で起訴された人は1400人です。 日本に比べ172倍だといいます。人口を考慮すれば、一人当たりの偽証罪は日本の430倍になります。虚偽に基づいた告訴、すなわち、誣告の件数は500倍だといいます。 一人当たりにすれば日本の1250倍です。 保険詐欺が蔓延しているのは周知の事実です。2014年の自動車保険、生命保険、損害保険、医療保険などの保険詐欺の総額は、4兆5千億ウォンを超えると推定されています。 ある経済新聞はアメリカの100倍だと報じています。 民間に対する政府の各種支援金も、詐欺によって騙し取られています。

「ハイサイおじさん」明るい曲調に秘められた戦争の陰

夜中から沖縄は台風の強風がすごい。 今日は学校休みだし、ス一パ一サンエーも休み。たぶん郵便局も休みの局が多いと思う。 台風でなくても琉球銀行は昼の一時間は窓口全部閉める、、 沖縄はそんな感じ。最初ビックリしたけど、慣れた。 さて、、高校野球で沖縄の応援演奏は、尼崎市の高校吹奏楽部がやってくれているとのことで、、演奏に使用される「ハイサイおじさん」ですが、、。 二年前、ふと!【志村けんの変なおじさんて、ハイサイおじさんのパクリ】だよな?と思い調べていたら、やはりそうなのですが、、歌詞作りの発端となった驚きの実話内容が判明しました。一時期、高校野球の応援にはふさわしくないのでは? との議論もあったようですが、、逆に実話を知り戦争がもたらした影響ついて 考える人が増えることが大切ではないでしょうか? 写真展を見に行った際に、戦後沖縄ではテント暮らしでしのいでいた家を失った人たちが大勢いたとわかりました。 おじさんはなぜ、無謀なことをしてしまったのか? 自宅に連れ込んだ女性たちに、「いい人、素晴らしい人」と 思われることにより、自己価値を高めたかったのか? では、住み込みをした女性たちは、奥さんの顔色素振りから、 自分たちがいやな思いをさせていることに、きづかなかったのか?イヤ、気づいていても、「楽をしたい」という欲望の方が勝ったのではないか? それだと、人を押しのけてまで!!と、いうことになる。 やはり、自分自身と向き合うという作業をおざなりにしたままでは、人も自分も成長させることができず、不幸にしてしまうという事に、気づかなければならない。 この事件により、近所に住む喜納昌吉が歌にし、日本国民が失いかけている『分かち合い』精神をもう一度考える時が来ていると思う。分かち合いとは、物だけのことではなく、気配りが  重要である。ハイサイおじさんは、喜納昌吉が作った歌で、最初は民謡歌手をしていた父がスローテンポでのレコードを出し、沖縄に来てそれを聞いた中村鋭一(阪神タイガースの六甲おろしを歌う)がまたレコードを出し、次に喜納昌吉本人が、早いテンポに変えてレコードを出して、、少しずつ広まっていったと。 これを知ったあとに、喜納昌吉のミニコンサートを見に行けました。 サキとコッコの元飼い主の親戚が名護で空手の先生やりながらバンド組んでボ一カル担当で、その人が所有する広場で、喜納昌吉をよんでその人のバンドが前座を担当して、他沖縄舞踊やら沖縄ダルク(依存症更正施設で全国に拠点あり)によるエイサーやら子供たちの空手も出し物として。。 千円のチケットをサキの飼い主がくれたので、、。 私が大好きな「花」と、「ハイサイおじさん」も、聞くことができました。 そのハイサイおじさんの歌詞ですが、、、 実話をもとに作られた(歌詞は実内容をいじってある)そうで、、 喜納昌吉の近所のおじさんが村八分にされ、それでも喜納は おじさんと向き合い続けています。 おじさんの家庭で何が起きたか? 戦争により家を失った女性たちを、おじさんはどんどんと 自分の家に住まわせるようになり、、 精神を病んだおじさんの妻が取った行動によりおじさんは 酒が無いと生きて行けなくなり、、、 (ある時おじさんは、毛布から娘の足だけが出ているのを見て毛布を剥がすと、、首から上の無い娘の遺体があり、妻に聞くと、、妻は「娘を殺して娘の頭を鍋で煮て食べた。自分の娘を食べて何が悪い?」、、その後に妻は自殺をした) いわばおじさんに帰って来たブ一メランではあるのですが、、 戦争の傷跡の深さを示しているのがこの 「ハイサイおじさん」なのです。 → 『悲しや沖縄 戦争と心の傷](12) 第2部 うずく社会 表出した病(上)  おばさんが娘を惨殺した事件の後、残されたおじさんは地元で「村八分」にされた。子どもにまで、石を投げられるようになった。だが、当時中学生だった喜納昌吉さん(76)は加わらなかった。  ある時、怒ったおじさんが「反撃」に出た。石を投げ返し、子どもたちが散った。わざと上に投げていたのだろう石が、本人の頭に当たった。喜納さんと目が合った。  「あの時、なぜか電気が通るように通じ合った。元々、僕も家庭が複雑でいじめられていたから、おじさんと共振した部分があったと思う」  アルコール依存を深めたおじさんは、喜納さんの父で歌手の昌永さん(2009年に88歳で死去)が民謡を歌ってもらってくる泡盛の1合瓶をねだって、家を訪ねてきた。両親が追い返すようになっても、喜納さんはその目を盗んでは渡し続けた。  おじさんは戦前、辻の遊郭へ馬車で客を送迎する仕事をしていたはずなのに、「校長だった」とほらを吹いた。ませた喜納少年とのやりとりは、「ハイサイおじさん」のコミカルな歌詞に昇華した。

2026年5月31日日曜日

敗戦後も「インドネシア独立に命を捧げた日本兵」たち

いくら中国がインドネシア工作で、「インドネシア人は3年間の日本統治時代よりも、その前のオランダ統治時代が良かった」とインドネシアの教科書に載せようが、嘘は通用しない。 なぜなら、ではオランダがインドネシアにて何をしたか?証拠が書かれていないし、インドネシアには、教科書の記述が嘘である現物証拠も存在するし、日本敗戦後すぐに、独立宣言をしたインドネシアを、再度植民地にしてやろうとオランダが舞い戻って来た際に、インドネシアは残留日本兵と共に、戦っているのだから。インドネシア人が「オランダの植民地時代よりも日本統治時代の方が苦痛だった」なんて、言うわけないやろが。シネ!!大嘘つきの中国降参党!(中国共産党が早く降参するように、この呼び方に)しんでまえ〜〜!!、、。 この記事は涙が出たね!これこそが、【ザ大和魂】戦争結果は ●オランダの軍事的勝利 ●インドネシアの政治的勝利 、、でインドネシア独立へと→ ① インドネシア独立戦争(インドネシアどくりつせんそう、インドネシア語:Revolusi Nasional Indonesia)とは、日本が太平洋戦争で連合国へ降伏した後の旧オランダ領東インドで、独立を宣言したインドネシア共和国と、これを認めず再植民地化に乗り出したオランダとの間で発生した戦争(独立戦争)である。1945年から1949年までの4年5か月にわたる戦争で、10万人が犠牲になった。 ②NOTE記事より [大東亜戦争の遺産]インドネシア独立戦争を戦い抜いた残留日本兵  井上和彦/ジャーナリスト(「日本の息吹」令和7年5月号より。 インドネシア独立宣言文起草の日付に込められたインドネシア人の思いとは― 画像 紀元2605年と表記のある手書きの独立宣言文の起草  「17-8-05」―これはインドネシアの独立の日である。  インドネシアの独立宣言が行われたのは、終戦2日後の1945年(昭和20年)8月17日だったのだから「17-08」は読み取れる。だが「05」とは?  驚くなかれ、なんとそれは「皇紀2605」のことだったのである。  独立宣言文起草の日付に日本の皇紀を採用したインドネシア―もし日本軍の進出とその後の軍政が、インドネシアの人々に恨まれていたのなら、皇紀など使われるはずがなかろう。アラムシャ元第3副首相はこう述べている。 《我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り、幾度か屍山血河の闘争を試みたが、オランダの狡智なスパイ網と、強靭な武力と、過酷な法律によって、圧倒され壊滅されてしまった。 それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し、感謝感激したのは当然である》 (ASEANセンター編『アジアに生きる大東亜戦争』展転社)  そして占領後の日本軍最高司令官であった今村均中将の軍政は素晴らしかった。  日本の軍政は、オランダ支配下では考えられなかった地元民に対する教育および医療制度の整備、インドネシア語の普及、そして後の独立に向けたインドネシア人の政治意識の醸成を行なった。  わずか3年半の統治期間に、教員養成のための教員学校や、医師・医療機関従事者養成のための医科大学、近代農法を学ぶ農業大学などが次々と設置されたのである。  そしてなにより、日本軍は、いち早く政治犯として獄中にあったのちの大統領となるスカルノと同じく副大統領となるハッタを救出しており、このことからも日本がこの後にインドネシアを独立させようとしていたことがわかる。 もとより日本軍の蘭印侵攻作戦の最大の目的は、アメリカを中心とするABCD包囲網によって手に入れることができなくなった石油など工業資源確保のためであり、すなわち日本の国家存亡をかけた戦いであった。  だが同時にこの戦いは、350年にもおよぶオランダの植民地支配を終焉させ、後にインドネシアを独立させるためでもあった。  インドネシア人にとって、それまで彼らを奴隷として扱ってきたオランダを日本軍が見事に撃ち破ったことは史上最高の出来事だった。  日本軍による統治のなかでも、後の独立戦争でその中心となって戦ったインドネシア初の軍隊組織「PETA」(ペタ/祖国防衛義勇軍)を創設したことは最大の功績だった。インドネシア人によって編成されたPETAは、日本軍によって教育訓練され、「大団旗」と呼ばれるPETAの旗は、日本の旭日旗をベースにデザインされていた。 画像 旭日旗を元に考案されたPETAの大団旗(PETA博物館)  だがこうして日本軍がインドネシア人の軍隊組織PETAを錬成している最中に、日本は連合軍に降伏してしまったのだ。  すると再び、かつての宗主国オランダやその盟友イギリスがインドネシアを支配しようと舞い戻ってきたのだった。  ここにインドネシア独立戦争が始まった。  もちろん日本軍によって育てられたPETAは立ち上がって独立のために戦った。  そして忘れてはならないのが、大東亜戦争終結後も自発的にインドネシアに残留を決め、インドネシア独立のために再び銃を執った2000名に上る日本兵の存在である。  残留日本兵は、かつて自分たちの到来を大歓迎してくれたインドネシアの人々を見捨てることができなかったのだ。彼らは愛する家族との再会の夢を捨てさり、インドネシア独立のために、舞い戻ってきた英蘭軍と戦ったのである。  こうして1949年12月までに1000人もの日本兵が戦死し、生き残った者の多くは独立後も現地に留まって終生インドネシアで暮らした。 画像 カリバタ国立英雄墓地に眠る元日本兵─TOSHIO KOIZUMI氏  そんな残留日本兵達はいま、ジャカルタの「カリバタ国立英雄墓地」をはじめスラバヤやスマトラなど全国各地の英雄墓地に眠っている。そして彼らは、インドネシア独立戦争を戦い抜いた〝英雄〟として人々から讃えられているのだ。  大東亜戦争は、アジア解放のための戦いだったのである。