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2017年2月13日月曜日

メディアに騙される「平和ボケ日本人」

今回の北朝鮮ミサイル発射に対する、安倍とトランプ、二名揃っての会見・・
あれって、、日本人向けの会見ってこと、、わかりますよね?

他の国には流されない会見ってこと

メディアは、国に操作されてる・・ってこと

TVの番組とか、出てしゃべってる人間が、こっけいにしか見えない
まるで別の世界の人間に思える

本気でこんなこと思ってるのか?

きちんと指示が出されてるんだよね

どこの番組も、おんなじこと、言ってる

そう、それが、『悪魔に魂売った人間たち』

こんな茶番劇が信用されると思っているのか??

「平和ボケ日本人」だから
だませるだけの話

その平和ボケも、島国だから成り立ってるのか??

今日は、2名の人の言葉を掲載します

日本って、明治時代から、全く変わってない・・のよね

こういうことが、動物に関する問題にも影響しているんです。
『悪魔に魂売った人間たち』の本性を理解したうえで動物愛護活動をしないと
根っこにある問題は解決しません。いつまでたっても、不幸な動物が生み出された状態のまま だからです。

以下書かれていることは、今のこの日本と、そっくりだな・・って、うなずけます。

①まず、↓竹中一男 という人が書いたもの

日本の二十世紀は、明治三十三年から始まる。日清戦争が終わってから五年の年月が過ぎている。この戦争が終結すると、軍人や政治家やそれに官僚までも含めて、功績を認められた者は、それぞれに勲章や爵位をもらい、あるいは高い官職に就く。また資本家は巨額の富を積み上げ、貧富の差はいっそう広がる。日本の領土も拡大する。ただし三国干渉ということがあって、いったん手中に収めた遼東半島はやむなく放棄させられ、台湾と澎湖諸島がこの国の領域に加わった。国土は広がり、国際的地位も向上する。まさに旭日昇天の勢いである。こうして国内の資本主義体制も次第に固まる方向に向かった。だが、国勢の上昇を見込んだ為政者たちは、ますます富国強兵の実を挙げるために躍起となり、帝国主義への階段をひたすら昇ろうとする時代であった。

 明治二十二年に制定された大日本帝国憲法によって、国民はさまざまな自由を保障された。これまで束縛されて萎縮していた人民の胸は、解き放たれた風船のようにふくれあがった。そんな気持ちが、維新政府を支えたのである。だれの目にも、新しい政府のおかげで、江戸時代には到底経験し得なかった伸びやかな世の中が到来したかに見えた。なるほど政治上のさまざまな変革が行われ、人民は気がねをすることもなく振るまえるようになった。本来自由であるべき人間が、徳川幕府の終焉までは権力者によって極端に抑えられていた。それがだれはばかることもなく、大手を振って大道を歩けるようになったのである。だれもがそう思っていた。のびのびと家業にはげむことができることがうれしかった。思ってもみなっかった自由が、自分たちのところへもどってきたのである。ありがたい御時世になったものだと思うのももっともな光景が、町のあちこちで見られたからである。
 ともあれ維新政府によって、今までの庶民の頭上におおいかぶさっていた封建社会の重苦しさが、取り払われた。そして社会制度のいろいろな改革がつぎつぎに行われる。それにつれて外国のさまざまな文物が、この国に流れこんで来る。ごく一部の上層階級にではあるが、旧幕時代には見られなかった西洋の生活様式が取り入れられるようになる。それらのあるものは、地下水のようにしんしんと下層社会にまで浸みこんでいった。もちろん庶民にとっては高根の花と思えるほどのぜいたくな文物は、そう簡単に普通には手に入るわけでもなく、十分に生活をうるおすまでには至らなかった。実際には多少便利になったという気持ちが、日々の仕事にはげみを与えたに過ぎない。経済的には十分とは言えないにしても、精神的なゆとりが持てるようになった。


 こうして、国民生活がいくぶんなりとも安定する方向に向かってゆくのである。そんな様子が、だれの目にも映るようになった。貧乏暮らしの中にも、便利な世の中になったものだという実感があった。便利さがそのまま幸福につながるわけではないが、不便な生活よりも便利な生活の方がよい。漠然とした幸福感がただよいはじめるのである。
 そうこうしているうちに、明治も二十年を過ぎる。このころになると、どこの町並みにも明るさがただよいはじめる。それだけ国勢が向上したというものだろう。二十余年前にくらべると大きな相違である。


 
為政者たちは、国勢が向上したことで政治に確信を持つようになった。だが、国勢が向上したという実感は、彼らの自戒や自省を呼びもどすものとはならず、反対に驕慢の心を植えつける方向に進んでゆく。しかもそれは野望ともいえる妄想を育て上げることになる。人間の欲望には限りがない。ひとつの欲望を満たし終えたと思ったとたんに、またその次の欲望が頭をもたげる。為政者たちも同じであった。国家の基盤がなんとか固まりそうだと見たその時点から、野望がわいて、次の餌に向かって食指を伸ばそうとする。しかも餌は、他国の領土内にあった。それを獲得しようとするには、かなりの無理を冒さねばならない。そのためにまず国策を練らねばならぬ。ゆがんだ国策は、ゆがんだ方針を呼んだ。当然のことである。この場合、犠牲になるのはきまって無力な庶民である。いつの世にもまず庶民が、犠牲を強いられねばならぬ。それが庶民の宿命である。政治家の頭の中には、常にそんな図式が出来上がっている。国家主義の当然進むべき図式である。苦境に立たされるのは、自国の国民ばかりではない。近隣諸国の人民も、その影響を受けるねばならないのだ。


 そのころ為政者たちが胸に組み立てていた野望の構図は、国民のためというよりも、天皇のためであった。いや天皇のためというよりも、天皇を取り囲む権力者たちの野望と言った方が適当だろう。彼らは天皇のため、ないしは国家のためという大義を掲げることによって、おのれたちの野心を満たそうと計った。こういう大義名分の前には、すぐれた有識者たちでもその欺瞞を見破ることはできなかった。それどころか、反発する理論をも見つけ出すことができなかったのである。あるいは見つけだすことはできたかもしれない。たとえそれが可能であったとしても、大義の前に屈して心ならずもそれを是認するか、でなければ逃避するか、あるいはまた黙殺するかであった。明治の時代には、すぐれた学者・評論家・小説家・詩人がいたはずである。それらの人々は、精神的には最高のものを抱いていたはずである。しかし、特別な社会主義者を除いては、為政者たちの行き過ぎた主義方針に対して、反発の挙動に出た人は数えるほどしかいない。


 ところでこのころになると、日本国民の中には、自分の職を見つけることをあきらめて故郷を捨てた者が少なからずいる。そういう人たちは、別天地を求めて北海道に移住し、あるいは朝鮮へ、満州へ、そして中国へ、更にはハワイや北米に足を伸ばした。彼らはそれらの土地に土着して、昼夜を分かたず働いた。そのうちには、異国の住民との交流もはじまる。その一方では、もめごとも起こった。何しろ気候・風土に慣れず、風俗・習慣もちがっている。土地の人たちの生活様式にもなじめない。あれやこれやの相異から、土着の人々との間にさまざまなトラブルが起こるのは当然のことである。トラブルの程度にとどまっている間はよいが、それが邦人への迫害にまで進むと、事はむずかしくなる。明治の二十年代は、そういう事態が起こりはじめる時期にさしかかっていた。それを解決するために、日本の政府が他国へ割り込んで来ると、かえって事がむずかしくなる。気短なこの国の政治家たちは、何事も短兵急に解決しようとするから、問題がもつれてそれが長引く結果になりがちである。まるで事態の紛糾を待ち望んでもいたかのように、とかくに干渉の手を使うからである。つまりは、すきがあれば相手国を侵略しようとする意図が、見えすいているのである。たとえば日清戦争というのがある。それが侵略の戦争であったかどうかは、いまは問わない。端的に言えば、明治二十七、八年の戦争は、大義名分や国土拡張や居留民の保護など、さまざまな口実や名目がつけられて、終には開戦ということになるのである。


 ともかくこの戦争は、一応日本側の勝利になった。その結果、いろいろなものを清国から獲得した。獲得したというよりは、分捕ったと言ったほうが適切であろう。おかげで日本は強国の仲間入りをするようになった。しかし、それで国民の一人一人が幸福になったかというと、そうではない。かえって国家権力を強める結果になり、さまざまな自由が拘束され、貧富の差が広がるばかりであった。こうなると資本主義社会の土台はいよいよ固まり、逆に個人の幸福を増進させる根源となるものが、剥ぎ取られる方向に突き進むほかはなくなる。当然認められていたはずの個人の自由に制限が加えられる。それどころか、人権をさえ冒されかねない事態までが発生するようになる。
 なるほど維新政府によって、人民の生活は一応精神的に解放されたことになっている。外国の文化を取り入れて、日常生活も便利になった。いろいろの面で旧幕時代に比べるといちじるしい相異である。国家の基盤もおおよそ固まった。だが、それから後の政府は近隣諸国に目を向けるようになる。その第一着手としてまず軍備を充実する必要に迫られる。その結果、帝国主義ないし超国家主義への道をたどるようになるのは、必至の情勢であった。


 明治も二十年代にさしかかるころになると、条約改正など未解決の問題はまだ残ってはいたが、維新の改革が軌道に乗り、文明開化をうたった時代もすでに遠いむかしのように思われる。日清戦争が起こり、それに勝利を得ると国勢の増大にいっそう拍車をかける。維新政府が掲げて来た政治上のの方針は、大略的に見ればほとんど成功したといってもよい。権力者たちが増上慢に陥るのは無理からぬことではあった。

その結果、「富国強兵」がこの国にとってかけがえのない最高の目標のように思えてくる。産業・経済・教育・その他文化万般にわたって、為政者たちによって考え出された政策はすべてこの線に沿って進められてゆく。
 その効果は、日露の戦争に示され、帝国主義の体制はいよいよ固まる。国民のほとんども、「お国」のためとあらば、それぞれの生活に少々ぐらいの不自由や犠牲をもたらすことがあっても、余儀ないこととしてあきらめるのが通念となっていた。それが当時の常識になっていた。従って国家の予算も、軍備の充実ないし増強がその中心目標とされていたのは余儀ないことである。


 明治の三十年初頭といえば、二十世紀になって間もないころである。世界の趨勢は、人間の一人一人が「全」よりも「個」を尊ぶ方向に向かおうとしている時代にさしかかっていた。個々の国家について見ても、それぞれの民族が自由意志に従って国家の歴史性、民族性に似合った体制を維持することが可能な方向に差しかかっていた。このことは、第一次世界大戦後のパリ平和会議において証明される。
 だが、日本の政治家たちの中には、そうした世界の態勢を把握することのできた政治家は皆無に等しかった。むしろ逆の方向に突進しようとする者たちで占められていたのである。従って、国政はおのずから個よりも全を優先する方に傾くのは、当然のことであった。個人の思想は国家権力によって抑圧され、それぞれの生活は国家の意志に沿うべく営まれるようになってゆく。


力(権力または財力)のある者は、国家がこれに援助を与えるように努め、彼らはそれによって得た力を逆に国家に捧げてひたすら忠誠を誓うのであった。

これに反して、力の劣る者は遮二無二働くだけで、辛うじて生活の資を得るにとどまるのであった。いうまでもなく前者は資本家・官公吏・軍人といった階層であり、後者は一般庶民である。


②次は、別の、今の時代の人が数年前に書いたもの

今回のミサイル発射に関しても、この人が以前に書いていることが、

『当たり』! って、思います。

それにまんまと騙される日本人は、、なんと『平和ボケ』なのか?と・・・。

↓どうぞ

今日こちらへ参ります途中でばったり元毎日新聞編集局長の細島泉先輩に会い
まして、「なんか世の中おかしいね、政治もマスコミも変だ」と期せずして意見
が一致しました。
  とくに私は今、北朝鮮のミサイル問題で日本が非常におかしな方向へ進んでい
るような気がしまして、そのことについて一言申し上げたいと思います。
 私が北朝鮮に行きましたのは、もう四、五年前になります。昨年はたまたまアメリカで朝鮮政策にかかわった何人かの方にお会いしました。

たとえばクリントン時代の軽水炉発電所の交渉にあたったキノネスさんとか、外交評議会の副議長のセィモアさん(こんどのオバマ政権で核不拡散担当部長としてホワイトハウス
に入りました)とか、ワシントンポストのベテラン記者でリタイア後、アメリカ・韓国研究所を主宰しているオーバードーファーさんとか、その他二、三の方です。この人たちは、人によって多少の違いはありますが、共通した認識がありま
す。
  ひとつは、北朝鮮の核兵器というのは基本的にこれは抑止力である。したがって絶対に先に使うことはありえない。そんなことをすれば忽ち報復を受けて国自体が滅びる、金体制が崩壊することは、彼らは百も承知しているというのが、ひとつの基本認識でした。
 
  それからもうひとつ、それではアメリカが先制攻撃を加えるのか、まだブッシュ時代でしたけれども、それはただ一つこの場合だけ、
つまり北朝鮮が核兵器を中東に横流した場合です。
中国や韓国がどのように反対しようが先制攻撃を加え
る。
しかしこのことは十分にシグナルとして北朝鮮に伝わっているから、彼らはやらないだろうということです。

 つまり北が先に使うことはない、アメリカが先制攻撃を加えることもない、言葉を換えて言えば、朝鮮半島に戦争の危険はないということになります。

そういうことを北朝鮮もアメリカも十二分に承知しているものだから、よく言えば我慢づよく、悪く言えばチンタラチンタラと脱退したり再開したり交渉を続けている。それがよくわかっているから、時には勇ましいことをいっては、まあそう言ったら悪いかも知れないけど、ゲームを楽しんでいる感じです。
とくにブッシュ政権のバックだった石油業界は、北朝鮮に何の利権もないからあまり熱心でない。
もう一つのバックである軍需産業、産軍コンプレックスは、いまのところ中東で十分に飯の種があるから、いまさら朝鮮半島でことをおこしていただかなくて結構ということで、もともと政策的にも優先順位は低い。だから誰も慌てない。
 
  それから中国に国際戦略研究院という、社会科学院の系統ではなくて国務院系統の政策決定に直結しているシンクタンクがあります。
そこで感じたのですが、確かに最初は少し慌てた。慌てたという意味は、彼らの表現に従うと、人口二千万少しの小さいしかも極めて貧しい国が核兵器だミサイルだというのは、客観的にみるとマンガである。

マンガではあるけれどもこれを口実に日本が核武装に乗
り出すに違いない。北も日本も核を持つとなると韓国も核武装に向かう。そうなるとこれは必ず台湾にも波及するだろう。これは大変だ、何としても止めさせな
ければということでした。
 
  だけどこのごろは、ほぼ日本はそれを口実に核武装はしない―― もっとも少数ながら核兵器を持てと危険な主張をする政治家がいますが―― ということがはっきりしたので、すっかり安心した。なにも急ぐ必要はなくなった。おまけに前と違って北朝鮮とアメリカが直接交渉で話しを決めて、それを六者会談の場に持ち込んでくるというか、六者会談でオーソライズするようになって、中国には出番もあまりない。みんなそういうふうに急がない、誰も慌てない。

 そういう時に日本だけが防衛体制、迎撃態勢を作るとか、北朝鮮の核の脅威を執拗に煽っている。北がいろいろ口先で勇ましいことを言うのを真に受けているのは日本だけです。もっとも真に受けている振りをしているだけかも知れません
。最高の軍事機密であるはずの迎撃地点を公表したり、盛大な出陣式、まるでお祭り騒ぎ一大政治的キャンペインです。真に受けているのは、日本のマスコミ(ただし「東京新聞」には時おりそうでない記事が載ります)と、新聞に書いてあ
ることを真に受ける国民ということになります。
 

  北朝鮮の脅威で大騒ぎして、いったい誰が得をしているのか。これは中国の人もいうのですが、まずいちばん得をしているのは金正日でしょう。それを口実に国民を引き締める。これは私が北朝鮮に行った時も感じたのですが、日本がいろんな制裁などをやると、北朝鮮の人々が貧しくて生活が苦しいのは、自分の政治の失敗、失政の結果ではなくて、日本やアメリカが経済制裁を加えるからだという説明が通る。苦難にたえて将軍様の周りに結集しようということになる。われわれ老人は、戦時中に敵愾心をかきたてて「欲しがりません、勝つまでは」とのスローガンを叫ばされたことを連想します。
 
  もうひとつ得をしているのは、日本の国防族や右翼でしょう。

北朝鮮の脅威を煽りたててミサイル防衛(MD)予算など巨額の軍事費をせしめたり、憲法九条「改正」への世論作りなど大いに張り切っています。こういう時に、私は政治も
変だけれども、非常に疑問に思うのはマスコミです。ここにマスコミ界の先輩が何人かいらっしゃいますが、どうも先輩方のいらした時代のマスコミと今とは違う。なんだか昔の大本営発表の垂れ流しと同じように、政府、外務省、防衛省な
どのいっていることをただ流しているだけのような気がします。
 

  今回の北朝鮮に対する非難制裁の国会決議でも、私は棄権ないし反対した社民党や共産党の方が正しいと思いますけれども、しかしそういうことがもう国民の支持を受けるかどうかは怪しくなっている。これだけの情報操作なりマスコミの繰り返しての報道が、あまりにも行き届いているからです。
私のような老人はそれを見ていると、戦前のマスコミの状況を思い出します。当時の無産政党は、はじめはみんな戦争に反対していました。しかしマスコミの報道がすっかり行き届
いているので、反対を続けていると国民の支持を得られないため、無産政党もしだいに戦争支持に変ってゆく。そういうことが頭に蘇って、これは困ったことだと心配になります。

  たまたま先日、中国の高恒さんに会いました。この方は、長い間外務省にいて
、それから社会科学院に変わり、今はリタイアされて中国国家戦略研究会の会長、どちらかというとタカ派の論客、立派な著作もあります。
この方に、私が北朝鮮に行った時のことを次のように話ました。
私は北朝鮮の人たち、労働党の国際局の中堅どころの人たちに、こう云いました。アメリカと北朝鮮では経済力があ
まりにも違うのだから、軍事力で張り合うのは危険極まりない、そんな危険なことではなくて、頭と知恵で張り合う方がいいといいました。

 それに対する彼らの反論は「そんなことをいったって、アメリカは必ず弱い国に戦争を仕掛ける。グラナダ然り、パナマ然り。イラクは今頃になって核兵器は無かったといっているけれども、そんなことはアメリカは始めから承知している
。もしイラクが本当に大量破壊兵器をもっていたら、アメリカは戦争をしかけなかった。われわれはワシントンやニューヨークに攻めていく力は無いけれども、彼らはいつでも平壌に攻めてくる体制にある。だからそれに反撃するだけの軍事
力がないと戦争は防げない」。

そこで私は、イラクと違ってあなた方には後ろに中国という大国が控えているではないかといったら、「中国はいろいろ援助はしてくれるけれども、ここぞという時には、必ず中国自身の国益を優先する。だからいざという時には当てにできない。自分の国は自分で守る以外にない」と反論されました。
 
  この話を高恒さんにして、だから中国が止めろといっても北朝鮮が止めないのは、根底に中国に対する不信があるからではないかと申し上げたところ、高恒さんの答えは非常にはっきりしていました。

「それは簡単な話である。中国が、北朝鮮に対する攻撃は中国自身に対する攻撃とみなして、直ちに核を含む全軍事力
で報復すると宣言すれば、すぐに核兵器を止めるでしょう。しかしそんなことを中国は絶対に言わない。とう小平は言わなかったし、江沢民も言わない、胡錦とうも言わない。だから北朝鮮は核武装、ミサイル開発を止めない」ということ
です。

 中国の人たちの話では、あれはみんなソ連が崩壊した時に、管理がルーズなものだから、何人かの技術者がお金に目がくらんで北朝鮮に流れたのが始まりで、厄介なことになったという説明になります。結局、北朝鮮が核兵器開発を止めるのは、東アジアの非核化、沖縄やグアムを含めた非核化と、北朝鮮の安全つまり金体制の国体護持をアメリカが保証するまでは止めないということでした。
そうなると当然時間がかかるけれども、だからといって別に慌てたりはしていません
落ち着いたものです。
 
  こういう時に、ひとり日本だけが慌てて、北朝鮮に対する敵愾心を煽って問題をますますこじらせて、結果として北朝鮮の強権支配を支援しているのは、何とも変です。どうしてこんなことになったのか。もともとおかしいのかも知れません。ブッシュが拉致家族をホワトハウスに招いた時、これはどうみても日本がイラク戦争に協力したことへの御礼のリップ・サービスであることは見え見えなのに、日本のマスコミは真に受けて大々的に報道する、拉致家族会の前事務局長の蓮池透さんが、いまのようなことでは右翼に利用されるだけで、いつまでたっても拉致された人たちは戻ってこないと辞任されたことはよく理解できます。
 拉致問題が公表された時、たまたま私の友人がワシントンの共和党系のシンクタンク、アメリカン・エンタプライズ・インステュート(AEI)にいました。
例によって日本のマスコミの特派員たちがアジア関係の上院議員やシンクタンクのアジア部長のコメントを求めて回った。AEIにもやってきて取材のあと友人
のところに来て、「困った、みんな同じことしか言わない。可哀そうだ、気の毒だ、しかし昔は日本もさんざんやったことだしなあ、と同じことをいう。これでは記事にならない」と嘆いていたそうです。
記事にならないと思って特派員が送らなかったのか、送ったけれどもデスクがボツにしたのか、私は知りませんけれ
ども、もし紙面に載っていれば、拉致問題ももう少し冷静に議論できたのにと思います。
 
  日本のマスコミが本来の姿に戻ってくれることを切に希望するものではありますが、簡単にそうはなりそうにありません。私も年齢ですからたいしたことはできませんが、出来るだけ協力させていただきたいと思っています。

2016年8月4日木曜日

ご支援のお礼/小型犬の夏野菜/神戸ダイオキシン問題/『トップの差別』

☆㈱マリーンサービスさまより 7月15日に3万円

 ㈱マリーンサービスさまより 8月1日に3万円

を振込いただきました


いつもいつも、本当に、ありがとうございます

保護数が多いので、本当に、助かっています

大きな力で支えてくださり、ありがとうございます。


☆小型犬 キューリ だ~~いすき☆

第いちのコーース!  「とろろ」

第にのコーース! サン
(変な人たちへ 写真みて、指の爪1本伸びてるとかどうとか言わんといてな
サンはこれ以上切ったら爪の血管から血出るねんから その子によって違うねんからさ
もう!なんもわかってないんだからあ ほんとに ぷんぷん)


第さんのコーース! 飼い犬オス 


↓野草 ユキノシタも、生でパクパク



あわじで保護のマルチーズ「まる」は、歯がわるくて食べません。

暑い時は、陰性のものも多く摂って、からだを冷やす

トマトも大好き ヨ

常連のお客さんがくれるので、助かる!(^^)!


☆今日、兵庫県庁秘書課寺田さんと電話で話した

ちゃんと聞く耳もつ30代

また書きます

今日は違うこと先に↓


☆神戸のダイオキシン問題


●大阪の仲介業者
●姫路の仲介業者
●神戸市西区の中間業者
●神戸市西区の埋め立て業者

このなかで、(わたしがネットで調べた限り)姫路の仲介業者の名前だけ、見つけられないんですよね・・・

名まえ、出たんかな・・?

先週電話で、豊能郡環境施設組合に聞きました


(質問の回答)

直接やりとりをしたのは、大阪の仲介業者とだけである

姫路の仲介業者の名前はしらないが、神戸市西区の『中間業者の営業代理店』だと、最初から聞かされていた

姫路の仲介業者の名前を大阪の仲介業者に聞くことは今もしていない


★この内容を神戸市の担当に言いました

担当は、、

●豊能郡環境施設組合が、姫路の仲介業者は神戸市の中間業者の営業代理店だと言ったんですか?
始めて聞きました

●神戸市西区の中間業者と最終埋め立て業者には、それぞれ、文書と口頭で、神戸市の行政指導をした

●行政指導だけで済んだのは、今回、法律違反をしたわけではないから


ということで、、、神戸市はやはり業者に甘いですね・・・

担当は、
「神戸市から文書で行政指導ということは、相当のことだ」と言っていましたが、、、、

それって、、、本当に法律違反じゃなかったのかなあ???「相当のこと」って、認めてるのに

う~~ん、、、 神戸市は絶対、中間業者と姫路の仲介業者の関係、、知ってると思うんよね、、

前に神戸市は「中間業者と最終業者は系列同じ」って、言ってたしなあ・・


最終埋め立て業者は、神戸市から指導を受けても、さらに掘り起こし作業で『ガッポガッポ』

そこからの税金で神戸市も『がっぽがっぽ』


豊能郡施設組合は、、掘り起しでまた支払
運搬でまた支払
仮埋め立てでまた支払

今回の神戸市搬入で1億近い税金を使い、、
そしてまた、地元に戻すために、多額の税金を、、、、

あーー

公務員って、、なにやっっても、自分がかぶらんでいいんだもんねえ・・はあ、、


☆↓『そうやって、トップ(警察含む)が差別するから、この国はあかんのや』

①参院選挙公示期間に40代の男が

『小池ゆりこを散弾銃で殺す』と言って 

逮捕された

②8月1日に60代男が

『小池ゆりこを殺す』と言って

逮捕された


あれれ??おかしいやん

なんで

『やまゆりえんの入所者を大虐殺する』って書いた男はその時点で

逮捕されんかったんやろ??


あーあーこういうのわたし

だいっきらい

なんで差別するかなあ、、

そういえば

「アイドルぐさぐさってやった男も、、かなり危ない記事投稿したのに、、そして被害者から警察が相談受けてたのに、、その時


警察から何にもされんかった・・


トップがこれやもん
国がこれやもん

あきれる『差別主義者たち』

だから、上の人は誰も、どんだけ犬猫殺したって、平気なわけや、、

だって『差別主義者』やから、、


あーああ もう、、完全に心が壊れてる人たちだーーー


って思うのは、わたしだけ??なのでしょうか?

わたしはたぶん「日本の普通の感覚の人」からしたら「特異な人」って思われてるんでしょ?

でもね わたしは思うよ

「日本のふつうの感覚の人」が、『ふつうじゃない』

って。









2016年6月21日火曜日

「マスコミと犬猫業者」の結託

今日は先に別のことを書きます


きのう夕方、TVをつけてみると、関西テレビ 岡安アナの番組名は?
「ワンダーとお友達?」とかいうコーナーで

「神戸市動物管理センター」内にて、「飼い犬のしつけ電話相談」を、自給4千円だったと思いますが、、(数年前にも書きました)

を、神戸市から委託を請け負って仕事?しているNドッグトレーナーが出ていました

50代か60代の女性に見えました

番組では、白の豆柴?を、なぜか着物?で散歩する京都の高齢夫人が散歩できるようになるというもの

散歩をいやがっていた犬が喜んで散歩するという・・・

コーナー終了時岡安アナが発した言葉は

「トレーナーが大事だと言っていたのは『犬への声かけ』」

なんか、、、ままごと見てるみたいに、あまあまな内容だった・・


このトレーナーは、神戸市の税金使ってやとってるんだから、ただの民間人ではない

それは、CCクロ(神戸市の委託業者で、犬の世話してる)も、同じこと

税金で金銭得ている以上、民間人ではない

甘々と、殺処分を許しているようではだめです


「殺処分される動物を助けないと、何の意味もありません」
 

平成25年11月末にわたしが「神戸市動物管理センター」に出向き、殺処分判定をする道具を写真入りでブログに掲載しました

おもちゃの手(長い棒付)

犬が食事中に、えさいれのなかにこの棒付の手を急に突っ込んで、えさ食べてる犬がそれ(おもちゃの手)を噛んだら、間違いなくそれだけで

『殺処分』と判定する

他にも、、

犬を個室に入れて、その犬のそばを自転車で走りながら「ぎゃー」とかなんとか叫ぶ

その人間の行動に驚いて動じるか、全く動じないか、、、など

いろんな判定で多くの犬の『殺処分』を造り上げてきた神戸市でした


当時その判定に参加していたのが、昨日のこのTVに出演していたドッグトレーナーNと、日本動物福祉協会CCクロのK(当時)代表、それから、長年、センターの職員のなかで力を持っていた「湯木(ゆき)職員」

湯木職員には、この会議の前くらい、、当会が神戸市の譲渡団体になる前でしたが、電話で直接言ったことがありました

わたし
「犬猫どんどん殺しまくって、ろくな死に方しないですよ」

湯木職員

「はい ふとんの上では死ねないと思ってます」


すっとこんな言葉が出て来る
ひらきなおりであり、本当に犬猫に申し訳ない
とか
犬猫を殺さない努力をしよう

という気持ちが、もう、根っから残ってないんだな・・と思いました



平成25年12月から当会は神戸市の譲渡団体となって

その後、平成26年6月10日に、当会にいる犬がいっぱいになって、「京都府」「神戸市」が頭数オーバーと判断して二行政からの譲渡を一旦停止となるまで、

わたしは、京都府・神戸市の殺処分される犬のすべてを引き取ってきました

神戸市動物管理センターに犬を引き取りに行った際に、一度、わたしの車のファンベルトがブレーキを踏んだ時にキーキー音をたてたことがあり、、(バックスでゆるみをなおしてもらったのが、再度音が鳴って)

ゆき職員から

「井上さん、『イノチ』を載せているんだから、早く直してください」と

わたしは

「はい」

と言いながら、、心のなかでは

「犬猫殺しまくってきた人が言う言葉か?」と、思ったこともありました

その後、わたしは神戸市役所人事課に職員の意見を言い続けたこともあって、ゆき職員はやっと異動になりました

今でもたぶん、区役所の保健(犬猫他)担当だと思います

獣医師免許を持ってるので


市役所の事務方の竹原係長も、獣医師免許を持ってます


いったい、獣医師免許って、なんだ??って、思います


動物を『もの』のように扱う人間になってしまうんだ

と、わたしは、思っています

特に、大学で動物実験をしてきた人、、、動物実験ができること自体、もう、人の心なくすことだって、
わたしは思っていますので、、、、

当会が頭数オーバーで引き取りができなくなってから、、、

神戸市は、須磨区にある「警察犬訓練所」に、犬をあずけたこともあります


しかし、、
その訓練所のドックトレーナーの判断を参考にして、犬を殺処分することもある

と、竹原係長が昨年言っていました

その訓練所にも、神戸市からお金(税金)が払われています


結局神戸市は、いまも前と同じことをしていることになります


市長への手紙の返事が、やっと返ってきました

が、、、

久元市長の書いた文面は、ただの案内文のようなものであり、とても内容があるといえるものではなかったです

また掲載します


結局、昨日のTV放映なんかも、、、純血種の、ブリーダーやペットショップからしか買えないような犬と、神戸市がやとっているドッグトレーナーが出てきては、

『生体販売を応援・推奨』

しているのと、同じだな

っていうのが感想です


ドッグトレーナーに、犬のしつけはできません

なぜなら、、
犬をお金に交換する仕事だから


本当に、犬のしつけができるのなら、、

『殺処分』される犬をしつけして

『殺処分』しなくする


それが、『心ある人間のやるべき仕事』だから


当会が、半年間、「神戸市」と「京都府」から引き取った犬たちはすべて


『どの子も殺処分される理由など、全くない』


里親が見つからない子は、さいごまで当会で世話することが、当たり前


いったい

『この犬は殺処分』『猫のほとんど殺処分』なんて決める権利が、、

誰に、どこにあるというのか!!


殺処分につながることにならぬ啓発啓蒙すら全くせずに、


『殺せ殺せ』と言う、『税金で給与を得る公務員』たちの

言動が、

わたしには、絶対に許せません


だから、、公務員は公人であり、税金で給与を得ているから

『仕事たる仕事をせずに殺してばかりいる』から、わたしは公務員には厳しいです


東京都知事だって、同じ理由だから、あれだけ国民から厳しくされているわけで、

それは、

当たり前のこと


↓は、民事の相手 京都府宇治市ドッグトレーナーMMが

『京都府動物愛護管理センター 佐藤所長』あてに送ったFAXのなかから抜粋文章

これを見ると、MMの心の内がよくわかる

①いつまでも井上さんへの引き出しストップを理由に、殺処分や保管期限を引き延ばすのも業務への支障も大きいかと案じております。










②また、警察署の動きも気になります。

一応、神戸西警察署には連絡してあるので、引き渡しはストップされたままですが

本来、警察署内に長期間、保管動物をおくスペースも道理もないはずです。

うやむやのうちに引き渡しを再開されてしまっては、元も子もありませんし、神戸西警察署同様、頻繁に譲渡している丹波警察署にはまだ連絡をしていません。

センターの協議を待ってからと思っていたので、まだ先になりそうなら、こちらも連絡を入れなければ、引き続き、引き渡しされそうです。





こういうのを見ると・・・

ドッグトレーナーであるMMが、いかに

『殺処分好き』かということが、よく見えてきます

MMは、犬猫を殺すことを、なんとも思わないドッグトレーナーである

こういう人間が、なぜ当会の活動に口を出したがるのか?

そもそもドッグトレーナーにしつけを依頼する人間は、犬にお金をかける飼い主である

棄てられたり、保健所や動物愛護管理センターに持ちこまれたり、いなくなっても探してもらえないような犬の飼い主は

犬にお金も愛情もかけない


ドッグトレーナーが『金儲け』のために必要とする人間は

『飼い犬にお金をかける飼い主』


棄てられたり、保健所や動物愛護管理センターに持ちこまれたり、いなくなっても探してもらえないような犬

ではなく


ペットショップやブリーダーで販売されている純血種や子犬を欲しがる人間のほうが日本人は多いわけで、、

そういう人間のほうが犬にお金をかける

(必要以上に・・・不幸な犬を助けることより、自分の犬の幸せしか目にみえない人が多い)


ドッグトレーナーからすれば、金儲けの標的がこういう人間なわけで、こういう犬なわけです


だから

殺処分撲滅のために必要なことの大きなことのひとつに

『生体販売の廃止』があります


これも「政治とカネ」ですか


生体販売の廃止なんて、すぐにできることですがね、、、

「政治とカネ」があるから、

犬猫のイノチが政治家の金もうけのネタにもなっているから、

生体販売という『汚れた商売』が

この動物虐待国 日本において

いつまでたっても無くならないのでしょう


で、そんな国だから、、、

すべて

人間のやったことが、人間界にも、もちろん、はねかえってきている

痴呆・ねたきり・脳や心臓の病気・がん・若い世代のさまざまな病気や障害・殺人や事故の多さなど・・・


それも、あたりまえのことです


人間のやっことは、人間が責任をとらねばなりません



犬に関して言えば・・・

元々オオカミだったのを、さまざまな利用目的で、さまざまな種類の『犬』という

不自然な存在を造り出して

オオカミという生物をなくした、生態系を破壊したのは

ほかでもない

『人間』なのですから

それでもまだ、人間の『欲』という、『汚れた魂』で


「不幸なイノチを無理やり産ませ増やしていく状態に声もあげず、

今ある、今この瞬間瞬間に人間により無理やり消されていく不幸なイノチを

助けることを、

あなたはしないまま ですか?」


全ての生命を尊ぶ会

武田弥生


















2016年5月20日金曜日

5.19裁判/『司法』とは・・一体何ぞや??

昨日の答弁について、各書記官に電話で聞きました

京都地方裁判所、第4民事部(「京都神戸動物愛護団体崩壊レスキュー」ブログを掲載し当会とわたしに対して名誉棄損行為を行った被告「宇治市在住MM」)、

第6民事部(「まめつぶ日記」ブログを掲載し当会とわたしに対して名誉棄損行為を行った被告「亀岡市在住HM」)

共に同じ結果でした

被告代理人の女性弁護士から、訴訟に関する陳述とみなす発言は無かった

ということです

原告であるわたしの方は、からだのことが原因でも「欠席」とみなされ、被告側は代理人が出席しましたが、「陳述」がなかったため、同じく「欠席」とみなされました

各書記官からの説明によると、法律では

「原告であるわたしの方から1か月以内に、次回期日の申し立てをしないと裁判自体を取り下げたとみなされる」

ということです

なので、期日の申し立てをしました

自分でやる整体と、できるだけ外からの汚染大気を多く受けないようにする工夫により、今の時点では、どこまで健康レベルを上げていけるか?
わかりませんが、もちろん裁判自体は継続するつもりですので、下記の内容の書面を本日各民事部にFAXしました

後日、各裁判官の指示により各書記官から返答が来るということです


「期日申立書」 平成28年5月20日

次回期日の指定を申し立てます

●指定期日

 平成28年12月29日(木)

●理由

①工場排気による多種広域にわたる大気の様々な有害物質を原因とする原告の体調不良により、外出不可能な状態が現在も継続しており、京都地方裁判所まで往復し、その間裁判所内に
おいての陳述が可能な健康状態まで戻すには、最低でも半年以上は期間を要すると
予測するため。

②年末の12月29日を指定する理由について

原告は現在、一人だけで自営業である飲食店の経営を営んでいる。
定休日である木曜以外休むことは絶対にできない。
公務員とは違い、自営とは、それほど厳しいものである。

従って、京都地方裁判所におもむき、直後より体調不良により数日間仕事ができなくなる事を予測して、年末年始の休みに入る直前の、12月29日(木)を指定します


と、、書きました

いくら体調不良が理由であっても、2回連続で出席できなければ、これも、原告が裁判を取り下げた

とみなされるそうです

おかしな話だと、正直、思います

これまでしっかり陳述及び書面を出してきましたので・・・


実際、このわたしのからだのことは、わたしにしか、わかりません

他の人全てが、感じたり気づいたりするものでは無いからです


だからと言って・・・

これまでのことを「無し」にされてしまうとは、、、

非常に

「人間として、『心無いこと』だと、わたしは思っています

しかも、それが『法』であるとは・・・」


いったい『法』ってなんだ??

今日、お客さんと話しました

今、マスコミで話題になってる知事のこと


わたし
「あれって、『詐欺』だと思いますよ

ああいう、トップに立つような政治家とか、、見本になることしなあかんような人が、実はああいう
『詐欺』をしてるんですよね・・

だから、『オレオレ詐欺に気をつけろ』とかって言ってるけど、、

『上』がそんなことやってるんだから、、
一般社会で詐欺のようなことが横行しても、ある意味、当たり前(いつも書きますが、当たり前というのは、やっていいと言っているのではありません)
だと、思うんですよね・・
みんな真似してる・・というか、、そういう空気が結局は、国民全体に伝わるんですよね・・絶対に

『オレオレ詐欺』は、「特定の人物」に対してやるのだけれど、今回のあの知事は、「全ての国民に対してやってる(税金なので)・・・

その違いだけだと思いますよ」

と・・・


『法』っていうのは、『理不尽』なもの

しかし、今現在、そうしかできないという決まりだというので、、、

何とか、自分の足でいけるようになりたい

と、思います


しかし・・・

わたしは、『京都府』という、「行政機関」が造った福知山市長田野工業団地の大気汚染公害により

こういうからだになったのに・・・

それがまた、『京都地方裁判所』という、、同じく京都府内の「司法機関」により、こういうことになるとは・・・

正直、わたしは日本の「司法」システム自体、全く信頼はしていません

おそらく同じ思いでいる国民は、たくさんいるのではないでしょうか・・?


↓の、原発裁判の決定などは、それを表すとてもわかりやすいものでしたね

ある人のブログより


福島第一原発事故から5年の節目を目前に控えた3月9日、大津地裁の山本善彦裁判長(61歳)は高浜原発の3、4号機について運転を差し止める仮処分を決定した。
高浜原発は、3号機が今年の1月から再稼働、2月から営業運転中だったが、4号機は2月26日に再稼働してからわずか3日後の29日、変圧器にトラブルが発生して運転は自動停止していた。
運転中の原発を止める判断は、日本では初めてのこと。20年来、脱原発に向けての活動を続け、今回の差し止め申請でも住民側の代理人を務める河合弘之弁護士が語る。
山本氏と同じように、原発差し止めの仮処分を決定した裁判官がいる。
’14年に大飯原発、’15年に高浜原発の再稼働差し止めを決めた福井地裁(当時)の樋口英明裁判長(63歳)だ。福井在住のジャーナリストが、樋口氏を評して言う。
樋口さんは法律に対して極めて厳格な、昔気質の裁判官というタイプ。仕事に誇りを持っていて、相手が誰であっても信念を曲げない人だという印象です」
国民の生命を最優先に考える裁判官がいることは、安心できる。だが、事態はまだ流動的だ。翌10日、関西電力は原発を停止させる一方、11日以降に仮処分に異議を申し立てる方針を示した。 
原発を稼働させる決定をした裁判官
そもそも高浜原発には、樋口氏の仮処分命令に対して関電から取り消しを求める申し立てがあり、昨年末に同じ福井地裁で仮処分取り消しが決定していた。一度止めると決まった原発を「もう一度動かす」判断を下した裁判官がいたのである。 
その判断を下したのが、樋口氏と入れ替わりに福井地裁へ着任した林潤裁判長(46歳)、山口敦士裁判官(39歳)、中村修輔裁判官(37歳)という、法曹界でも超エリートと言われる3名の裁判官だ。
実は、福井地裁にこうしてエリートが揃うのは、異例のこと。元裁判官の現役弁護士が、こう語る。
「本来、福井地裁は名古屋高裁管内でも比較的ヒマな裁判所で、アブラの乗った裁判官が来るところではない。しかも、この3人は東京や大阪など、他の高裁管内からの異動で、この人事には、各裁判所の人事権を握る最高裁の意向が反映されていると見るべきです」
前出の、「原発を止めようとした」山本・樋口両裁判官と違い、「動かそうとした」裁判官3人の経歴には共通点がある。それは、全国の裁判所と裁判官の管理、運営、人事までを仕切る最高裁判所事務総局での勤務経験があることだ。
「最高裁事務総局といえば、ゆくゆくは最高裁判事や、全国の裁判官と裁判所職員を含めた人々のトップとなる最高裁長官を狙えるようなエリートが集まるところ。彼ら3名は、全国の裁判官の中でも選り抜きの、いわば『将来を約束された』人々だと言えるでしょう」(明治大学政治経済学部教授の西川伸一氏)
裁判長を務める林氏は、’97年に任官して2年で事務総局の民事局へ異動。その後は、一度宮崎地裁で判事補を務めた以外、東京・大阪・福岡と都市圏の高裁と地裁の裁判官を歴任している。
任官して初の赴任地が東京地裁という点で、人事権を握っている事務総局から、目をかけてもらっていることが窺えます。その上、初任明けと呼ばれる2ヵ所目の赴任地が事務総局。これは、林裁判官の同期108人の中でも6名しかいません。実際、任官から18年で部総括判事の役職に就くのもかなり早い出世です」(西川氏)
判事補の中村氏は、任官から福井地裁に着任するまでの9年間を東京、横浜、大阪で過ごした。
通常、若手の裁判官は少なくとも一度、北海道や九州などの遠隔地へ赴任させられます。しかし、そうしたこともなく事務総局総務局付という、国会対策などを担当する部署に登用された。初任地も大阪ですし、エリートコースと言って差し支えないでしょう」(西川氏)

送り込み人事裁判を上層部の意向に沿わせるための不正行為

こんな華々しい経歴を持つエリートたちは、高浜原発再稼働を容認するために、’15年4月に送り込まれてきた。着任後の3名は、すぐに関電が申し立てた異議の審理へ取りかかった。前出の河合弁護士が語る。
「審理の結果、原発の安全性について具体的に検討することなく、『危険性が社会通念上無視しうる程度にまで管理されている』から高浜は安全だと言ってしまった。だから、核燃料がメルトダウンするかもしれないとか、福島第一原発の事故のように放射性物質が周辺に拡散する事態になるかもしれないとか、付近の住民が避難できるかどうかといった部分は考える必要がないと結論づけたんです。この決定は、『原子炉等規制法』に完全に違反しています」
異動から決定まで、おかしいことずくめな事態が、なぜ起きるのか。
「ある一連の事件について、上層部の気に入らない判決を書いた裁判官を外して、上の意向に沿った判断を下す裁判官を配置することを、『送り込み人事』と言います。公明正大なはずの司法界でも、こうしたことが起きていると思わせるに足る状況証拠があります
そう語るのは、前出の西川氏。’04年から’13年にかけて訴訟が続いた、「携帯電話基地局の撤去を求める裁判」でも、「送り込み人事」が行われた可能性があるという。
基地局の近隣住民が、基地局から出るマイクロ波ががんを誘発すると主張して起こした訴訟ですが、’04年当時に熊本地裁で事業者側を勝たせた田中哲郎裁判官が、その後、福岡地家裁久留米支部や福岡高裁宮崎支部で同様の訴えが起こされると、それを追うようにして当該裁判所へ異動し、住民側に有利に進んでいた訴訟をひっくり返し事業者側を勝たせたのです」(西川氏)

政府側と癒着した腐った構造がわかる

前出の元裁判官も、件の3人は「安倍政権の意向を汲んだ最高裁から送り込まれたのだろう」と推測する。
「いくら独立が保障されているとはいえ、裁判所も上層部に行けば行くほど政権との接触は増えるため、考え方が政権の意向に沿ったものになる。彼ら3名を含め、事務総局に勤務経験のある裁判官は、そうした阿吽の呼吸を最もよく心得た人々です。将来の地位を約束されたエリート裁判官だからこそ、『下』を見ず『上』ばかり見た判決を下すことになる
今回の大津地裁の決定は画期的ではあったが、これを受けても、河合氏は気を緩めてはいない。
原発を止める決定を出して名古屋家裁に飛ばされた樋口さん同様、山本さんが飛ばされて、また中央から再稼働推進派の判事を送り込まれ、決定を再度ひっくり返される恐れは十分にあります。高浜原発はいったん止まりますが、全国的に原発再稼働の流れが強まっている以上、訴訟や係争はまだまだ続くでしょう」
原発裁判を通じて「真の信念」を持つ裁判官は誰か、今後も浮き彫りになっていくだろう。
明らかに癒着構造があるシステムであることがわかります。たとえ裁判官自体が公正な審判をくだしたところで、それが気に食わないと判決を覆され裁判官は飛ばされてしまうことになりかねないわけです。