2026年6月11日木曜日

日本人を殺しまくりした朝鮮人

長田区役所に集団で襲い入り生活保護をもぎ取りしたのも、 朝鮮人でした。 それらのトップには朝鮮総連があり、その朝鮮総連は日本共産党とつるんでいます。 朝鮮人の本質を現している記事を載せますが、、、 わたしの親などは、こういうことを知っていたから、結婚相手が決まると、相手が韓国朝鮮ではないのか?気にしました。 姉の時はどうしたか?知りませんが、兄の時は、相手の親が調べようとした!と聞いて、なら朝鮮ではないと安心。 わたしの場合は、相手の母親側の出自がわかり、すでに死亡していた父親はわからないが、大丈夫ではないか?と。 しかし、、今となっては、相手の父親側は、昔に帰化をした朝鮮ではないか?と。。相手はそれを知るすべもないと。 相手は神戸市垂水区の朝鮮学校近くに住んでいたことがあり、 「チョンコ」と言って石を投げたことがある、、と、言ってましたし、高卒で入社したリケンタイヤで、作業つなぎのポケットに、ナイフを入れていた、と。。 何かあれば使おうと。 何より目が朝鮮人そのもの。。 (いろんな目ありますが、ツリ目細目のポピュラーなやつ) その父親の写真みても同じ。 父親は長男で、工芸品店が家業なのですが、窓関連もやっており、父親は、「アルミサッシに変えたい」と言ったが、 父親の父親が、「駄目だ」と言ったことをきっかけにアル中になり死んだ、、と。 普通そんなことで、アルコールに走りませんから。 父親から殴られるので、母親の目を盗んでは酒を買いにいかされた、と。 結婚してすぐに、わたしが、金山という名の友人(中学と三菱電機で同じ)を招いた時、めちゃくちゃ機嫌悪かったし、 相手は、、 わたしとの結婚が決まってから、キレ始めたし。。 ほんま、気持ち悪い。 この人みたいに、自分が朝鮮系と気づかない朝鮮は、いっぱい おると、思う。。 → 2025-02-06 21:04:32 テーマ:教育・歴史 ●今日は朝鮮進駐軍について。 戦後は不都合な真実が隠されてしまっているので隣国についても触れていきましょう。 「朝鮮進駐軍(ちょうせんしんちゅうぐん)」とは。 在日朝鮮人は日本と戦争をした事実は無いにもかかわらず、終戦と同時に「朝鮮進駐軍」を自称し、日本各地において婦女暴行、暴行、略奪、警察署の襲撃、土地・建物の不法占拠、鉄道の不法乗車等、横暴の限りを尽くした。 終戦後 「朝鮮進駐軍」武装部隊が首相官邸襲撃 「朝鮮進駐軍」部隊2000人による「首相官邸襲撃事件」が1946年起きた。 約2000人 の在日朝鮮人「朝鮮進駐軍」部隊が完全武装して首相官邸に突入。 日本の警官隊は当時武器の所持は禁じられていため、米軍憲兵隊に応援を頼んだ。 そこで米軍憲兵隊と「朝鮮進駐軍」との間で大銃撃戦闘へと発展した。 戦後の在日朝鮮人は、なんの国際法上の地位もないにも関わらず、勝手に自分たちを「戦勝国民である朝鮮進駐軍」であると詐称し、三万人もの武装集団となって全国主要都市に出現し暴れまくった。 在日朝鮮人集団は、武装解除された日本軍の武器と軍服を盗用して武装し、勝手に「朝鮮進駐軍」と名乗り、無差別に多くの日本人市民を殺害した。 GHQの 記録に残っているだけでも四千人以上の殺害記録が残されている。 戦後の治安が整っていない空白を良いことに、「朝鮮進駐軍」と名乗った在日朝鮮人は、土地の不法略奪、金品略奪、強姦、銀行襲撃、殺略、警察襲撃など暴れ放題の限りを尽くした。 「朝鮮進駐軍」と名乗る暴徒たちは、個々に部隊名を名乗り、各地で縄張りを作り暴れた。 これら「朝鮮進駐軍」 元締め組織が「朝鮮総連」、ヤクザなどになっていった。 国有地も、都心駅前一等地周辺も、軒並み不法占拠した。そしてそのまま、パチ ンコ屋、飲み屋、風俗店等々が出現し、そのまま彼らの土地として登記され現在に至っている。 農家、農協倉庫を襲い、貨車を襲撃、商店街、国の食料倉庫も襲い、食料や商品を根こそぎ 奪って行き、それらは全て戦後の闇市で売りさばき、暴利で財を成したのは彼らであった。 財を成したのは彼らは分派し、政治組織として社会主義、共産主義組織へと発展し、政界にも進んだ。 「朝鮮進駐軍」と名乗る在日朝鮮人暴徒たちは、通りすがりの市民に言いがかりをつけ集団暴行をはたらく。無銭飲食は当たり前、白昼に目に付いた婦女子を路上で集団強姦するなどを、日常茶飯事に繰り返した。 在日朝鮮人は「朝鮮進駐軍」部隊と名乗り、武装して、町をのし歩いた。 彼らは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街を闊歩した。 腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を振り回しては、手当たり次第に日本人を殺傷、暴行し、略奪の限りを尽くした。 通りすがりの通行人の目つきが気に入らぬといっては難くせをつけ、無銭飲食をし、白昼の路上で婦女子にいたずらをした。 善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。 こうした不良分子は旧日本軍の陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。 袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って街をのし歩いた。 警官が駆けつけても手も足もでない。 終戦後の警官が、一切の銃器の所持が許されていなかったのをよいことにして、 「おれたちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人がなにをいうか」 と、丸腰警官を殴り、ド突き回し、警備用の木刀や飾りのサーベルをヘシ曲げた。 戦後当時の「朝鮮進駐軍」は今日の朝鮮総連本部である。

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