2026年6月5日金曜日

韓国が反日に転じた理由

文中、アメリカとロシアに対する日本人の感情について書かれていますが、、一つ、ロシアによる北方領土侵略は協定違反であったことと、シベリア抑留は敗戦後であったこと。 これとアメリカによる原爆を比較するのは違うかな?と。 ただし、アメリカは、日本の政治を裏で操っている点ですね、日本を裏で植民地同様としている事態、これについては 当然NOですから、わたしはこうして様々なことをブログで 発信しています。 → 2019.07.29 なぜ韓国人はこれほどまでに日本を嫌うのか? 皆さん不思議だと思います。 なぜ韓国人は約束を平気で反故にし、経過をひっくり返し、言っていないことを言ったと言い、日本をこれほどまでに嫌うのか。 今日はこの辺りの私感を述べてみたいと思います。 韓国は海峡を隔ててすぐ隣の国で、韓国人は顔つきも似ているのに、物事の考え方が全く違う。何かにつけて日本に因縁をつけ、何かにつけて日本を悪く言い、ケンカを売ってくる。日本人としては国民感情的に許せない人も多いのではないでしょうか。 でも、韓国人は人間として能力が劣っているわけでもなく、理解力が低いのでもなく、馬鹿でもありません。 このままで行くと、日本人の若い人たちは韓国人をどうしょうもないバカだと思い込み、あいつらは人間として能力が低いと思い込んでしまうかもしれませんので、今日は私の思うところを書いてみました。 ネット上の個人の主観ですから気に食わない方はいちいちコメントなどしていただかなくて結構ですので、黙ってスルーしてください。 さて、 私は20代のころ3年ばかり韓国の会社に勤務したことがあります。 今でも在日韓国人の友達が多くいますから、普通の日本人よりは「なぜ韓国人がこれほどまでに日本を嫌うのか」ということは理解しているつもりでいます。 では、その理由はというと、一言で簡単に申し上げれば「教育」なのです。 彼らは子供のころから学校で「日本は悪い国だ」という教育を受けて、親からも言われて、テレビを見ると国の偉い人たちが同じことを言っている。だからそう思っているのです。 日本人の皆さんにお聞きします。 アメリカとロシア、どちらが好きですか? ほとんどすべての皆さんがアメリカと答えると思います。 では、なぜロシアが嫌いなのですか? なぜアメリカが好きなのですか? はっきりと答えられる人は少ないのではないでしょうか。 「だって、ロシアって悪い国でしょう?」 「なぜ?」 「終戦の1週間前に参戦して、北方領土を取っていっちゃったし、シベリヤの兵隊を抑留させて強制労働させたんでしょう?」 「なぜ、そんなことを知っているの?」 「学校で習ったから。」 日本人はそう教育されているから、アメリカが善でロシアが悪だと思っている。 でも、そのアメリカって、広島と長崎に原爆を落として、日本人相手に大きな実験をして、20万人も30万人もの人たちを殺戮し、東京や大阪を焼きつくし、数百万人の日本人を殺した国ですよ。ロシアが日本にしたことから見たら、はるかにひどいことをしている。 なのに、日本人は誰もそんなことを気にしていない。 戦争や原爆は悪だけど、アメリカは悪ではない。 どうして? そう教育されてきたからです。 だから、韓国人だって学校でも家庭でもテレビや新聞でもみんなが「日本は悪い国だ」と言われたら、小さいころからそう教えられて育ってきたら、日本人がロシアを嫌いなように、韓国人は日本を嫌いになるのです。 これは、私が子供のころや、韓国の会社で働いていた30年前はあまりそうでもありませんでした。少なくとも韓国人は日本を好きで、日本に憧れている人が多かった。なぜなら当時の50歳以上のおじさんおばさんは日本の占領下での教育を受けてきて、私の年代はその子供の年代でしたから、親から「日本の時は良かった。」「日本の時代が懐かしい。」と聞いて育ってきた人が多かったからです。 そのころは逆に日本人が「朝鮮人は大嫌い」という人が多く、どちらかというと馬鹿にしていました。多分、今の彼らは日本人をそう見ているのでしょう。 第2に韓国人がこれほどまでに日本を嫌う理由。 それは彼らの文化にあります。 韓国人の文化の根底に流れているのは「恨(ハン)」という思想です。 恨とは、日本語の意味では「うらむ」という意味ですが、韓国語の恨とは、そんな単純なものではなくて、うまく言えませんがWikipediaを引用すると 朝鮮民族にとっての「恨」は、単なる恨みや辛みだけでなく、無念さや悲哀や無常観、(虐げる側である優越者に対する)あこがれや妬み、悲惨な境遇からの解放願望など、様々な感情をあらわすものであり、この文化は「恨の文化」とも呼ばれる。 恨の文化は、代々の王権や両班(りゃんばん:上流階級)による苛斂誅求を極めた階級的支配に対する民衆の抵抗意識と、漢代の昔より幾度となく朝鮮半島を襲った中国からの異民族(漢族・モンゴル族・女真族ほか)による侵略・征服で、永続的な服従を余儀なくされた国辱を引きずり、日本(大日本帝国)による併合が「長い抑圧と屈辱の歴史」であったという事実を省みない一方的な主張の元で行われる反日教育や、内外の圧倒的な力に依存性せざるを得なかった朝鮮半島独特の文化である。 ということになります。 これは、例えば私が警察が嫌いなのと同じです。 警察がどんなに人々の暮らしに貢献して、良い組織だとアピールしたところで、しょせん彼らは国家権力ですから信用なんかしてはいけません。 警察官一人一人は良い人で、一生懸命国民生活を守るために働いていますが、そんなのはうわべだけの姿で、実際は彼らは国家権力の手下ですから、みなさん騙されてはいけないのです。 あるいは、自民党が嫌いだとか、安倍政権が嫌いだとか。 良いとか悪いではなくて、好き嫌いなんです。 例えば、安倍さんが街頭演説しているところで野次を飛ばした人がいる。そうしたらその人が警察官に演説会場から追い出されたというニュースが流れる。そうするとすぐに「安倍政権が悪い」という話になる。でも、警察は国家権力ですから別に安倍政権じゃなくても時の与党のしもべになるのですから、民主党が与党になろうが共産党が与党になろうが、同じことをするでしょうし、あるいはもっとひどいことになるかもしれません。 つまり、私は別に警察に別件逮捕されてひどい仕打ちにあったことなどありませんし、今までもよくしてもらっていますが、それでもこのように私にとって警察が嫌いなのが「恨」であって、はっきりとした理由もなく安倍政権を許すなと言っているのは、その人の「恨」であり、同じように日本が悪いというのが韓国人の「恨」なのです。 第3に韓国人が日本人を嫌う理由 それは、儒教の影響です。 儒教というのは古い中国の思想で、孔子、孟子の考え方を体系化したものです。 中国で生まれたものが朝鮮半島に伝わり、日本にも伝わってきました。 私は儒学者でも朱子学者でもありませんので詳しいことは言えませんが、儒教の根底にあるものは「目上の人の言うことを聞け」ということです。「年寄りを敬いなさい。」というのは、年寄りが体力的に弱いからではなく、年寄りが目上と考えているからです。つまり、儒教というのは「上の人間にとって下の人間をコントロールするために都合の良い教え」ということです。 今の中国も共産党にとって都合の良い政治が行われていますし、韓国でも儒教の精神に基づいて、政権にとって、あるいは会社の上層部にとって、ある意味都合よく国民がコントロールされているのです。 何しろの儒教では上の人間が絶体ですから。 家の中では家長である父親が絶体の存在ですから、息子は30になっても40になってもお父さんの前ではタバコが吸えません。お酒も飲めません。 「タバコ吸ってもよいですか。」とお父さんに聞いて「かまわんよ」とお父さんが答えて初めてタバコに火をつける。今では多少緩和されたかもしれませんが、私の時代はそうでした。 そういうふうに国民として教育されているのです。 だから上意下達が非常にやりやすい。 これは為政者にとってはとても都合がよいことです。 そして、その為政者である大統領や時の政治家たちが、自分たちの政治がうまく行かなくなると、日本を悪者にして、日本をバッシングすることで世間の目を自分たちの失態や悪行からそらすことを繰り返してきました。 最近では従軍慰安婦の問題が取りざたされていますが、かつては歴史問題であったり、領土問題であったり、あるいは教科書問題であったり、数年ごとに繰り返されるのは必ず国内の政治がうまく行かなかったときで、国民から自分たちの追及を逃れるために、あるいは人気取りのために引き合いに出す対象として、日本はとても便利で都合がよい存在なのです。 現に、今の韓国の大統領の支持率は地を這うほどに低迷していますから、彼にとっては日本を悪者にして国民の目をそらすしかないのです。 つまり、「恨」の文化があり、儒教の精神で長年教育されてきた国民が、政治に利用されてコントロールされているというのが韓国人の本当の姿なのです。 それともう一つ付け加えるとすれば、まあ、これも儒教の教えの流れにあるのかもしれませんが、すぐに大声を出す。それも上の人間が怒鳴る。 日本も昔の人たちは人前で大声を出す人が多くいました。今でもおじいさんたちが銀行や郵便局、スーパーマーケットなどで大声で怒鳴っているのをときどき見かけますが、あれは年取ってコントロールが利かなくなってきているだけじゃなくて、あの年代のさらに親の年代は、上の人間が大声を出して怒鳴るということが一つの文化でした。戦前の教育というのはそういうものだったんです。 今では人前で大きな声を出すことは大変恥ずかしいことだとわれわれ日本人は常識として持ち合わせていますが、韓国では大声で怒鳴ることがある意味許される。人前で感情をあらわにすることが自己主張ですから、怒鳴る、泣きわめくだけじゃなく、日本製品のボイコットなどで日本の製品を踏みつぶしたり、おじさんおばさんの年代の人たちはそういう行動をある意味得意になってするのです。 そして「年寄りがこんなに嘆いているのに」と若い連中をけしかける。マスコミもそういうところを報道するのです。 韓国人の家にお招きされるとたいそうなごちそうがふるまわれます。 でも、きれいに全部食べてしまってはいけません。 「ごちそうさま。たくさんいただきました。」と言って、お料理を残さなければなりません。 なぜなら、きれいに全部食べてしまうということは、「出したお料理が少なかった。」という意味になりますから、失礼にあたると言われています。 でも、本当は違うのです。 お客様が出された料理を全部食べてはいけないその理由は、お客様が残したものを待っている人たちがいるからです。 昔の朝鮮半島は階級社会で、両班(りゃんばん)という支配階級が社会を治めていました。両班の家には下男下女がいて、その下に奴隷がいました。そういう人たちがご主人様や客人が食べた後の残り物を食べていたんです。 だから出されたお料理を全部食べてはいけなかったのです。 李王朝の時代です。それはひどい暮らしだったと聞いたことがあります。 1910年に日本が朝鮮半島に侵出し、併合しました。 普通なら他国が入ってきたら戦争になりますが、この時は戦争にはなりませんでした。 なぜなら上の人間が自分たちが都合よく人民を抑えていた国でしたから、戦争をするような国力もなく、あっという間に併合されてしまいました。 1945年に解放されるまで35年間、朝鮮半島は日本の領地となりました。 こういうことは今のような国と国との関係としては、あってはならないことですが、結果として、あくまでも結果としてですが、日本が統治したことによって朝鮮半島の人民の生活は向上しました。都市整備が行われ、食料がきちんと下々まで届くようになり、それまでの両班が牛耳っていた時代から見ると大きな進歩をしました。 私の親の年代(大正末期から昭和ひとけた生まれ)の人たちはこの時代を経験していますから、私が若いころ韓国人のおじさんたちは皆、「昔はよかったなあ。日本時代が懐かしい。」と言っていました。強制労働の話も嘘だとは言いませんが、それはほんの一部の話であって、ほとんどの人たちは仕事を求めて日本にやってきて、日本に定着していったのです。 ただ、そういうことは韓国の知識人たちにとっては屈辱の歴史でありますから、政権にとっては都合が悪いことがおきるとすぐに引き合いに出すのです。そして、自分たちの都合の良いように話をつくって、それを堂々と発表する。そして、そう言い続けることで自分たちを正当化する。 つまり、儒教の精神は、対外的なことよりも国内的なことの方が優先順位が高いということですから、国際的なルールなどどうでもよいのです。 貿易協定の話し合いで日本にやってきた韓国政府の高官が、自国に帰った翌日に話してもいないような内容を平気で言う。そういうことも別に彼らからすると「うそ」をついている認識はなくて、対外的なことよりも自国内の都合が最優先する民族だということです。 儒教の文化が浸透している韓国と中国は、どう見てもそう見えると思いませんか。 これに対して日本は、儒教が入ってきたものの、それはあくまでも儒学、つまり学問の一つとしての位置づけでした。 だから、どっぷり浸からなかったんですね。 もちろん徳川幕府も明治新政府も儒教を利用して国民をコントロールしようとしました。でも、例えば福沢諭吉の有名な「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」というあの言葉は、痛烈な儒教批判ですから、つまり日本人は政府の策略に「その手には乗らないぞ」という人がいたということです。 これが日本人の多様性ということではないかと私は考えます。 韓国人も同じです。 大統領や政治家がいくら日本は悪い国だ、日本人は悪い人間だと言ったところで、「それはおかしいよね。」という人たちがいっぱいいます。 「恨」の精神としては、いつまでたっても日本は憎むべき対象でなければなりませんが、これだけ交通が発展して、簡単に日本にやってこられる時代ですから、自分たちの目で見たものを真実と考えるのが当たり前になってきているのです。 「おや、学校で習ったことと違うぞ。」 日本に何度もやってくる韓国からの観光客は皆気づいています。

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