会の名称「全ての生命を尊ぶ」ことはいうまでもなく、 地球や地球に生きる鉱物や水蒸気や植物、動物、人間を 含む宇宙全てにおけるあらゆる魂たちと統合をし、あらゆる魂たちが 愛と自由の元活躍出来ることを目指します。
2026年10月30日金曜日
古事記「オオクニヌシ」
今62のわたしは、学校から小学4年時と5年時に、どっちがどっちか忘れたが、奈良と京都の神社仏閣、6年時修学旅行が
三重県伊勢、夫婦岩と伊勢神宮、おみやげは定番の赤福餅。
子供が行ってあまりわかりませんでしたが、、、
神戸市立小学校は、全部同じと思う。
中学修学旅行は、
九州、阿蘇山&別府温泉&宮崎サファリパーク。
高校は、富山県黒部ダム&石川県千里浜にて早朝から地引網漁
&何県でか?わらじ草履作り、、稲刈りもやったかな~?
、、サファリ以外、なかなかよい行き先でしたね!日本人としては。
そして、三菱電機入った年の日帰りバスにて社員旅行が、、
出雲大社!自由参加でなにもわからんと行ったが、、行っててよかった!
→
2022.5.24
出雲あれこれ
【出雲物語】大国主の国作りそして、国譲りへ 出雲大社の起源
大国主の国作り
根の国から地上へ帰ってきた大国主は、須佐之男(スサノオ)の使命を受け継ぎ、国作りを始めます。大国主の国作りは、決してワンマンでなく、様々な神様の協力やご加護を受けて進められ、大国主豊かな国を作ることに一生懸命励みました。
根の堅州国の試練を
乗り越え「国作りの主」へ
もっと地上を豊かな国に。
やがて、天上の天照大御神(アマテラスオオミカミ=天皇の先祖)は、地上の国土を「さらに、豊かな広々とした葦原のように、みずみずしく美しい稲穂が実る国にしなくてはいけない」と考え、その使命を担った天照大御神の子孫が天から、天上で育てられた稲穂や三種の神器などを持ち、地上の国に降りてくることになりました。
大国主の決意「国を譲ろう!」
そのためには、地上を治めている大国主に国を譲ってもらわなくてはいけません。
最初は拒んでいた大国主ですが、天照大御神から遣わされてやってきた建御雷神(タケミカヅチノカミ=鹿島神宮の御祭神)使者からの説得を受け、また、息子の意見に従い、ついに地上の統治権を天照大御神の子孫に譲り渡すことにしました。
この国譲りを行った地が出雲の「稲佐の浜」です。
大きな宮殿を!出雲大社のはじまり。
その後、大国主は国を譲る条件として「「国を譲る代わりに、天皇の宮殿と同じくらい立派な神殿を建ててください」と伝えます。天照大御神は、大国主を国作りの最高の功労者としてたたえ、大国主のために壮大な神殿を造ることを誓いました。このことが、出雲大社のはじまりです。
大国主はこれ以降、日本の国の守り神として、多くの人の幸せを護ることになりました。
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