2019年9月30日月曜日

続き

前記事 に続く  ネットより

朝鮮人は人間ではないのだから、これは滅びてもらうしかありません。人間として大事にしてきたのは間違っています。言葉がわからない原人なのだから、滅びてもらうしかありません。結論はそうなのです。
 今回の件で日本人も朝鮮人というものが、どのような連中かだいぶ分かったでしょう。「これでもか」「これでもか」とウソをつくのです。世界中に日本の悪口を言っているのです。
 慰安婦像を世界中のあちこちに造り、慰安婦像を車に乗せて走っているのです。最低な民族です。家に帰れば母子相姦です。何という不潔な民族なのでしょうか?
 朝鮮人は犬を道端で殺して、犬の首を並べます。そこで犬鍋を作って売っているのです。民度が低い連中です。この朝鮮民族との付き合い方は一つ、付き合わないことです。付き合うと必ず怪我をします
アメリカも韓国に対して怒っています。「あの文の野郎! 恩を仇で返しやがって」と言ってトランプ大統領は怒っています。朝鮮人は「恩を返そう」などという気持ちは全くありません。「恩とは何じゃ?」ということです。くわばら、くわばら。

続き

ネット前記事より

かというと、川の水で時々、体を洗うのです。油臭い、生肉の匂いはする、お風呂には入らない、どうしようもない不潔な民族です。
 その民族と、山葡萄原人が混血したのです。一つの民族になったのです。エベンキ人といっても、一応はホモ・サピエンスです。エベンキ人は、言葉をしゃべることはできるのです。
 言語がない山葡萄原人は、エベンキ人に接触することにより、だんだんと言葉を覚えたのです。だから、今でも朝鮮人は完全な言葉はわかりません。言葉がわからないから、約束を破るのです。
 前の政権が決めたことをひっくり返しているのです。判決が出た問題でも「それは違う」といってひっくり返してしまうのです。言葉は、コミュニケーションをとるものであり、言葉は、約束をするものであるから、それを破ったら近代社会は成立しません。朝鮮人はその意識が全然ありません。約束という言葉もありません。
 朝鮮人が言う「約束」という言葉は日本語です。それを朝鮮人が覚えて、「ヤクチョク」と言っているのです。朝鮮人は約束の意味が全然わかっていないのです。「約束は守らなければいけない」ということが分かっていないのです。朝鮮人には「約束」という言語の概念がありません。すべてそうです。
 微妙な空間が何もないのです。すべてスカスカの言語ですから、論理がありません。論理性を持って「1から2になって、2から3になる」という理論が全くないのです。朝鮮語は記号みたいなものです。
 だからお互いに怒鳴り合うのです。「おい!」「なんだ!」というように道路の端と端で、怒鳴り合って殴り合うのです。それはできるのですが、観念という言葉がわからないのです。したがって朝鮮人はウソと本当の区別がつきません。普通は「これは私が空想していることで、これはウソ。これは本当」というように区別がつきます。
言語がない朝鮮人は、ウソと本当の区別がつかず、頭の中がごちゃごちゃになってしまっているのです。自分が空想していることと、現実の区別が付いていません。だから、近親相姦もできるのです。
 近親相姦は論理的に考えて、「母親と息子がやったらまずい」と思ったらやりません。朝鮮人はそのように思わないのです。「何がいけないの?」というのです。朝鮮人は何がいけないのかわからないのです。
 「何をやったらよいのか?」ということもわからないのです。良いことと、悪いことの区別が分からないから、「男と女がいるのだから、母親と息子がやって当たり前だ。父親と娘もやって当たり前だ。兄弟同士やるのも当たり前だ。何がいけないのだ? どうしていけないのか言ってみろ!」と言うのです。
 朝鮮人は、言語空間がないからそのようになってしまうのです。何でも善になってしまうのです。「人を殺して何が悪いのだ? 憎たらしいから殺したのだよ。それで食べてしまったのだよ。なぜ人間の肉を食ったら悪いのだ? 人間は動物の肉を食べているのに、どうして人間の肉を食べたらいけないのか?」ということになってしまうのです。朝鮮人は「人間を食べることは悪いことだ」ということが分からないのです。論理がないのでそうなってしまうのです。だから、朝鮮人は何でもやるのです。
ウソをついてはいけない」というと、朝鮮人は「なぜウソをついてはいけないのだ?」というのです。「犬は可愛いのだから、犬を食べてはいけない」というと、朝鮮人は「犬はおいしいから食べるのだよ。どうして犬を食べちゃいけないのか? 犬はおいしいから食べるのだ」、みんなこのようになってしまうのです。
 だから、朝鮮人と何時間話しても、無駄なのです。朝鮮人は言語の意味を理解していないのです。これが文在寅のやってきたことです。条約で決めてきたことをすべてひっくり返して「何が問題あるのか?」という姿勢です。
 それにつけても朝鮮人は力の強い方につくのです。論理ではつきません。「これは正義だから、こちらを味方する」ということ朝鮮人は絶対にしません。力がある方につくのです。力が絶対です。「正義だと? この野郎、うるさいぞ!」ボカッと殴られてしまいます。朝鮮人は正義が大事だと思っていません。力こそ全てです。
 朝鮮人は美意識がありません。それはそうです。言語がないのですから美意識などありません。日本に美意識があるのは、和歌や万葉集などがあり、言葉というものが洗練されて磨かれてきたからです。言葉とは、「言の葉」といい大事なものです。言葉というものは神がくれたものですから、「言の葉」というのです。それを大事にしていくから、和歌ができたのです。万葉集もそうです。言葉を大事にしない民族にはできません。
 朝鮮人には、万葉集にあたるものはありません。小説もありません。今は日本の真似をして、韓国にも小説はあります。それは日本の真似であり、本当の意味で言葉を通して出てくる芸術ではありません。

神戸市動物管理センター、兵庫県動物愛護センターの同和朝鮮職員は、人間ではないから大量動物殺害をしていた


●神戸市動物管理センター

玉嵜一彦
大隈真矢
森宏美

●神戸市役所

湯木麻里

●兵庫県動物愛護センター

三谷所長(尼崎本所)
犬伏事業課長(尼崎本所)
王  (尼崎本所  これは中国人)
木村所長(たつの支所)


神戸市動物管理センターは

作業員
と呼ばれる公務員も
同和朝鮮です

これら

同和朝鮮が

犬猫ウサギなどを
大量殺害しまくり

わたしやボランティアなど

そして
ペット法塾  植田弁護士に
訴えられても


譲渡努力を一切せずに

殺しまくる理由

ですね

前記事に続く内容は

以下

ネットより

題名
『やはり朝鮮人は人間ではなかった!』

公平を期すために言っておきますが、僕の話は朝鮮人の教科書に載っている話です。北朝鮮の歴史教科書にこのように書いてあるのです。「朝鮮人は現代人類とは違う。ずっと前からここにいる民族であり、先祖は山葡萄原人と言う」このようにはっきりと書いてあるのです。北朝鮮の歴史教科書に書いてあるのですから、それをいっても文句はないでしょう。
 「そうか、朝鮮人は現代人とは違うのだ。現代人のことをホモ・サピエンスというのです。朝鮮人は「ホモ・サピエンスとは違う。我らは山葡萄原人だ」というのですから、原人です。朝鮮人は、人間に進化する前の原人です。
 サルと人間の一番大きな違いは何かというと、サルはしゃべれません。サルは言語を持ちません。ホモ・サピエンスの現代人と、サルの間にいると思われるのが、原人です。だから、山葡萄原原人は、言葉がなかったのではないでしょうか?
 原人は、少しはしゃべれたのです。原人は人間とサルの間ですから、喉のつくりは人間と似ていたのです。サルは、人間と喉のつくりが違うのでしゃべりません。声帯が違うのです。
 原人になると、人間と同じような声帯を持っているのですが、人間とは違います。北朝鮮の歴史教科書で「朝鮮人の先祖は山葡萄原人だ」と言っているのですから間違いありません。
 「山葡萄原人とは何か?」というと、アムール川のほとりの黒竜江省に洞窟群があり、そこに住んでいた連中です。氷河期が始まって、山葡萄原人は洞窟の中に逃げ込んで、生活をしていたのです。洞窟の中にいたので、生きのびることができたのです。
 氷河期を洞窟の中で生き延びたのです。洞窟の前を通った者は、すべていなくなってしまうのです。牛でも馬でも人間でも、いなくなってしまうのです。その洞窟群の名前を「悪魔の洞窟門」といって恐れられたのです。
 「人間が消えるから、あそこは通ってはいけない」と言われていたのです。本当は人間や動物が洞窟の前を通ると、山葡萄原人が洞窟に引きずり込んで食べてしまったのです。他に食べ物はありません。動くものは、動物であろうと人間であろうと、すべて洞窟に引きずり込んで食べてしまったのです。だから「悪魔の洞窟門」だと言われたのです。
 氷河期が終わり、だんだん氷が溶けてくると、陽気が良くなります。洞窟の中にいた山葡萄原人たちは、洞窟からゾロゾロと出てきたのです。山葡萄原人は、洞窟に入っていたから生きのびることができたのです。洞窟に入っていなければ、氷河期の時代にとっくに死んでいたのです。
その山葡萄原人たちが洞窟の中からゾロゾロと出てきたのです。洞窟から南下すると、エベンキ人がいたのです。エベンキ人は、濊族(わいぞく)といって、「世界一、汚らしい民族だ」と言われていたのです。これは野蛮人です。この連中の食べ物はトナカイです。狩りに出かけて、トナカイやアザラシを食べてしまうのです。海獣といわれているオットセイも捕まえて食べてしまうのです。皮をはいで着物にしたのです。
 柱を立てて皮をまいたテントを作り、その中で火を焚いて、生活をしたのです。なぜ汚らしいのかというと、冬は豚の脂を体中に塗るのです。豚の脂を5センチぐらい体に塗ると寒くないのです。
 エベンキ人は、オットセイを捕まえて腸の中を絞り出して生肉を食べてしまうのです。これはおいしくありません。僕もオットセイの肉を少し食べたことがありますが、匂いがきつくておいしくありません。海獣と称するものはおいしくありません。海獣の中では、クジラが少し食べれるくらいです。
 クジラも変な匂いがしておいしくありません。オットセイは強烈なにおいで普通は食べられません。エベンキ人は、オットセイをつかまえて、腸を絞り出して吸うのです。栄養があるのです。そのような習慣です。
 エベンキ人は集団でテントを丸く張り、真ん中にトイレを置くのです。テントの中心にトイレを持ってきているのです。トイレを中心にして、お互いに頭をトイレに向けて放射線状に寝るのです。皆がトイレを使うので、トイレは臭いのです。
 そしてエベンキ人は生肉を食べるので体臭が臭いのです。お風呂などありませんから体を洗いません。どうするの


2019年9月29日日曜日

神戸市動物管理センターと兵庫県動物愛護センターが『殺し屋』である理由


わたしが住んでいる
神戸市
の公務員ですね

それから
神戸市が属する兵庫県ですね

●神戸市動物管理センター
●兵庫県動物愛護センター

属する公務員たちは
同和含む朝鮮人だらけ
です。

だから
犬猫を殺しまくりします。

彼らは
犬猫を殺しても
全く心が痛みません

同和含む朝鮮人

だからです。

●神戸市動物管理センター

玉嵜一彦
大隈真矢
森宏美

●神戸市役所

湯木麻里

それから

●兵庫県動物愛護センター

三谷  (尼崎本所所長)
犬伏   事業課長
王  (これは、中国人)
木村(たつの支所所長)

ほかにも
いっぱいいますよ

ちなみに

兵庫県動物愛護センター

尼崎本所の
犬伏事業課長は
実家が精肉店を
営んでいました

このことは
わたしが犬伏本人から
聞きました


わたしがたびたび神戸市役所に
公文書の申請や受け取りにいくたびに

公文書担当のうちの一人が

「今日は?」

聞くので

「また生活衛生課!
犬猫殺しまくりやからさ!
『殺して何が悪いねん!』て
こんなんやから!
もうクビにしてな!クビに!」

公文書担当
「困ったもんやなあ!」



神戸市役所  公文書担当も
困り果てる

プロの殺し屋集団
「神戸市動物管理センター」
「兵庫県動物愛護センター」

あ!

「姫路市動物管理センター」にもいるよ!
同和朝鮮人は!

さあ!
なぜ彼らが全く悪びれることなく
犬猫を殺しまくりするのか?
ですね

犬猫の命を助ける方法とその協力を呈示をしても

一切無視をして
犬猫大量殺害を
喜んでやっているのか?

これまで

安倍晋三朝鮮をはじめ、さまざまな『朝鮮人の害』が
日本人と日本の動物を苦しめているのだと
わかることをかいてきましたが、安倍晋三を筆頭に
朝鮮人や在日帰化人は、日本の国を良くすることなど
考えていません。

朝鮮、韓国には帰りたくない!
しかし、日本人は大嫌い!

という大変な自己中思想により

政治家、公務員ともども
日本人の税金を盗みながら
やりたい放題しています。

安倍晋三とて、

母国朝鮮を恨みながら

日本と日本人を利用して

李王朝復活

もくろんでいるわけですね

私腹を肥やしながら!


犬猫行政の公務員に
朝鮮人や在日帰化人をあてがうと

神戸市動物管理センター

兵庫県動物愛護センター
のように


●動物で金儲けをしながら
大量殺害をやる
プロの殺し屋集団

なる

いやいや

随分と前から
実際に
そうなっているじゃあないですか!

●神戸市役所  湯木麻里よ

●神戸市動物管理センター  玉嵜一彦よ

●兵庫県動物愛護センター  犬伏よ

●兵庫県動物愛護センター  三谷よ

な!その通りだろう

おまえら殺し屋朝鮮人同和集団は

人間じゃない
らしいわ!

証拠は以下

ネットより


安倍晋三と皇族ら朝鮮血族が日本を腐らせた


ネットより

最近ツイッターでは、日本がすべての方面でここまで腐っておかしくなった元凶が旧皇族と李氏朝鮮から日本にやってきた李氏の血族であることが判明しました。
ツイッターを見ていない方のためにさくっと説明します。
例えば安倍晋三。2012年に首相に就任して以来、資産家や自分の血縁関係、上級国民以外の日本人を苦しめる政治しかしてこなかった安倍晋三は、実は日本人ではなく李氏朝鮮の王族の血を引いています。
下の家系図をご覧ください。一番下のエリアに安倍晋三がいますが、父方の祖父は李氏朝鮮最後の王である高宗の息子の李垠で、母方の先祖もたどれば李氏朝鮮王族の子孫なのです。

安倍晋三の父親である安倍晋太郎が朝鮮人であることは昔から言われていたことですが、母親までも朝鮮の血を引いていたとは驚きました。
詳しくは↓をお読みください。
安倍晋三だけではなく、小泉純一郎も、歴代の首相たちも李氏の血を引いていました。それを暴いたのが下記のブログです。
初めて聞くと驚くと思います。ですが、上のブログ記事と動画で小泉純一郎と安倍晋三の血筋を暴いたKAWATAさんとNANAさんは実際に命を狙われました。
もし安倍晋三と小泉純一郎が純粋な日本人であり、何も後ろ暗いことがなければ口封じなどする必要はありません。真実だったから、それを日本人に知られたくなかったからこのような強硬手段に出たのです。
安倍や小泉が政権を握ると暗殺(と暗殺未遂)が増えるのは本当ですね。こうやって自分たちの政権を守ってきた汚い連中です。許せません。
安倍晋三はかつて「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言いました。

その言葉をそのまま安倍総理にお返しします。というか、もうイルミナティの終わりは近いです。一番怒らせてはいけない方を怒らせたのですから。
安倍晋三をはじめとする極悪人どもが一日も早く滅びますように。





続き

ネット前記事より続く

中臣鎌足は朝鮮人:豊璋
藤原鎌足の肖像紙幣


















百済王子豊璋と当時の日本及び朝鮮半島の状況
鎌足についてはよく知られていても、百済王子豊璋についてはよく知らない人もいるかも知れない。
631年に、百済から人質として2人の兄弟王子、豊璋善光が日本へ送られてきていた。
人質といっても、百済と日本は同盟していたので、客分扱いである。
その兄王子の豊璋が鎌足だったのである。

藤原鎌足は豊璋










660年、唐・新羅連合軍の攻撃によって百済が滅亡した。
百済最後の王・義慈王は降伏後、死亡し、皇太子孝は行方不明となった。
百済の遺臣は、鬼室福信・黒歯常之らを中心として百済復興の兵をあげ、日本に滞在していた
百済王子豊璋を擁立しようと、同盟国・日本に救援を要請した。天智天皇はこれを承諾した。

豊璋は百済復興のため、約30年ぶりに呼び戻された。
百済国がないのに、ここでいったん豊璋は百済王として推戴された。

663年の白村江の戦いにおける指揮官は、日本軍は阿倍比羅夫、百済遺民軍は豊璋であった。
しかし、日本・百済遺民の連合軍は、唐・新羅連合軍に大敗した。
大敗する直前、部下を騙して自軍を捨ててこっそりと手勢数名だけで抜け出した豊璋は
行方知れずとなったとか、高句麗へ逃げたとか書かれているが、実際には、救援に来た日本の水軍と
合流し、密かに日本へ戻ってきていた。
豊璋は正体を隠すために、天智天皇から藤原鎌足の名をもらって帰化した

一方、豊璋の弟善光は、行方不明になったことになっている兄の代わりに百済の王統を継ぎ
百済の王統を表す、「百済王」という特別な姓氏を受けて日本に帰化した。
また、二人の王子の他、国を失った百済王族たちが、一族配下の数千名(あるいは一万名とも)
を従えて集団で日本へ亡命してきた。
(提供:成長するため、正しい地図を手にしよう)


藤原氏の悪行

ネットより

日本に中国に摸した律令制度を取り入れ、国家という形を確立した藤原鎌足藤原不比等
それは既存の日本の勢力とドロドロの戦いのうえになりたっています。
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古代国家は、仏教を積極的に取り入れることで国づくりを推し進めた。 
当然、天皇がその仏教導入の先頭にいたわけで、当時の天皇は神道の保護には積極的ではなかった
だけでなく、その古来の神道のしきたりを持っていた物部氏を排斥すらした。 

様々な信仰をもった地方豪族たちのゆるやかな連合体であった当時の日本を
仏教の力と律令制度の名の下に、一元化をはかろうとした中心に藤原氏がいました。 

出自のよくわからない藤原鎌足が、どうしてこれほどまでに中枢の権力を握ることができたのか
関裕二さんは、鎌足は百済の王:豊璋であったといっています。 
そんな馬鹿なと思いつつも、その論拠にはとても説得力があります。
扶余豊璋
扶余 豊璋(ふよ ほうしょう、生没年不詳)は、百済最後の王である義慈王(641年 - 660年)の王子。
百済王子豊璋



『日本書紀』での表記は扶余豊璋もしくは徐豊璋であるが
『三国史記』では余豊璋もしくは徐豊璋、『旧唐書』では余豊もしくは徐豊である。
また、『日本書紀』にも登場する百済の王族翹岐を豊璋と同一人物とする説もある。
(提供:ウィキペディア)

倭国滞在中、百済本国が唐・新羅に滅ぼされたため、百済を復興すべく帰国した。
しかし、鎌足、不比等にはじまった藤原氏の支配が、歴史の底流をみるといついかなる時代をみても
どの将軍の時代であっても、いかなる天皇の時代であっても、またいかなる政権の時代であっても
脈々と続いていることがわかります。 

藤原氏は不比等の四人の子の末裔がそれぞれ、南家(藤原武智麻呂)、北家(房前)、式家(宇合)
京家(麻呂)にわかれ、互いに牽制し、覇を競いあいました。
平安時代は、藤原氏内部の権力闘争から始まったと言っていいであろう。
そして北家が勝利を収め、摂関政治がはじまるのである。(関裕二『藤原氏の正体』280頁) 

天皇を操り続け、時の政権をも常に左右する力を持った藤原氏それは現代につながるトップに責任と権限を与えない官僚制度そのものであるようにも見えます。 

一条、二条家や西園寺家、近衛家などに限らず、地方から自力で這い上がる人びとに
常に立ちはだかる勢力として根深く日本社会に存在し続けています。 

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